第14話
森と別れた三人は、臨時ミーティングを行うため空き教室に移動した。
清水は教室に入るや否やチョークを手に取り、黒板に何かを描き始める。
「おい、明かりくらい点けようぜー」
清水の熱心ぶりに「着いて行くのがやっと」と言わんばかりの常川が、渋々電灯を点けた。
「……何を描いているんだ?」
怪訝そうな表情の蓮井が、清水に尋ねる。
「”眼鏡の女子生徒”よ。”映画”の中で見た姿を、忘れない内にどこかに描いておこうと思って」
チョークが黒板の上を走る音が、静かな教室に響く。清水の手つきは迷いがなく、ほんの数分で、制服を着た女子生徒の全身像が浮かび上がった。
高い位置で結われたポニーテール、印象的な細フレームの眼鏡、そして胸元に提げられたカメラ。
「うわ、似てる……てか、あの一瞬見ただけでこんなに覚えてんのかよ。すげえ」
常川が思わず感嘆の声を漏らす。
蓮井も珍しく驚いた顔で言った。
「やけに絵が上手いな」
「特徴を押さえただけよ。あくまで記憶の再現にすぎない」
清水は淡々と答え、仕上げに影を描き足す。
蓮井は腕を組み、絵をじっと見つめた。
「この絵ならすぐに特定できそうだ。校内でカメラを持ち歩いている女子生徒なんて、そう多くはない」
「だな。写真部か新聞部か……その辺じゃね?」
常川が軽い調子で口を挟む。
「森君も、部活までは知らないって言ってたわね。でも――」
清水は描いた人物像の横に「眼鏡」「カメラ」「二年生」「落ち着いた雰囲気」と箇条書きにしていく。
「ここまで条件を絞れば、生徒数が多いうちの学校でも、見つけるのはそう困難じゃないはずよ」
蓮井は小さく頷いた。
「明日から、それぞれ調べてみよう。写真部にあたりをつけるのが一番早いかもしれない」
「よっしゃ、聞き込み調査だな! 任せとけ!」
常川が胸を叩いて笑うと、清水は呆れたようにため息をついた。
「……お願いだから、余計な噂をばらまかないでよね」
清水が絵を描き終え、三人で顔を寄せ合って議論していた、そのときだった。
――ガシャーン!
どこかで窓ガラスの割れるような音が響き、直後に窓の外から、複数の生徒の叫び声が聞こえてくる。
「……なんだ?」
蓮井が反射的に立ち上がる。
「おい、なんか騒ぎになってね?」
常川が慌てて窓際に駆け寄る。
見下ろすと、校庭の一角に人だかりができていた。何人もの生徒が空を指さしてざわついている。
「机が……浮いてる……?」
誰かの悲鳴まじりの声が風に乗って届いた。
部室棟の前で、木製の長机がふわりと宙に浮き、ぐるぐると回転していた。地面に置かれたバケツやボールも勝手に転がり出し、見えない力に操られているかのようだった。
「こ、これ……まさか」
清水の顔が強張る。
次の瞬間、机が急降下し、近くに立っていた男子生徒のすぐ脇へ叩きつけられた。
「うわあっ!」
悲鳴が上がる。群衆は一斉に後ずさりしたが、宙を舞ったありとあらゆる備品類が、生徒たちを襲った。
「きゃあっ!」
「逃げろ!」
黄色い声と怒号が入り混じる。
女子の髪すれすれに箒が飛び抜け、鉄バケツは地面に激突して土煙が舞い上がる。
さらに、とある男子の上方から椅子が落下し、肩に直撃した。
「うっ……!」
彼は思わず声を上げ、よろめく。肩に衝撃が残り、腕がうまく動かせない。
周囲の生徒たちが悲鳴を上げ、あわてて駆け寄る。数人で彼の肩を支え、逃げる体勢を助けながら、必死にその場を離れていった。
混乱は一瞬で広がり、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように正門へ殺到した。逃げ遅れた者が再び悲鳴を上げ、飛び交う物の影に飲み込まれていく。
三人の背筋に冷たいものが走った。
「これ……シャレになんねぇぞ!」
常川が息を呑む。
蓮井は額に手を当て、低く呟いた。
「この現象、何に反応しているんだ……?」
「……っ、行こう!」
清水がチョークを置き、振り返る。
「お、おい待てって! あんなのに近づいたら――」
常川が声を上げるが、清水はすでにドアへ駆け出していた。
「ここで傍観するわけにはいかない。証拠も、手がかりも、現場に残るはずだ」
蓮井が低く言い放ち、続く。
「ちょ、マジかよ……!」
常川は舌打ちしながらも、二人を追う。
三人が廊下を駆け抜け、階段を一気に下りると、外から風と騒音が押し寄せてきた。
――校庭はまさに修羅場。
散乱した机や椅子の残骸、生徒たちの叫び声。宙を舞う物体はまだ止まっておらず、逃げ惑う人影に次々と襲い掛かっていた。
「これ、現実なの……?」
清水は思わず絶句している。
その瞬間、頭上からガラス片が降り注ぎ、三人は反射的に身を伏せた。
割れた窓から飛び出した教卓が、逃げ遅れた女子生徒の頭上めがけて落下する。
「危ない!」
清水が駆け出し、咄嗟にその子を突き飛ばした。教卓は地面に激突し、鈍い音を響かせた。
「こっちだ、走れ!」
常川が生徒の腕を引き、校舎の影へ誘導する。
「ほら、早く行け! ヒーロー料は後で請求するからな!」
笑ってみせ、必死に空気を和らげた。
一方で蓮井は冷静に、落下物の軌道や風の流れを観察している。
「……無秩序に暴れまわっているわけではないな。人の動きを感知している」
独り言のように呟きながら、周囲の生徒に声を張り上げた。
「走ると標的にされやすい! しゃがんで、ゆっくり退避しろ!」
混乱していた生徒たちは、その指示に従って徐々に退避を始める。
「……少しは収まった?」
清水が額の汗を拭ったとき、ふと視線の端に違和感を覚えた。
校庭の隅。街灯の明かりが届かぬ闇の向こう――。
ふと見上げた校舎の三階の窓に、一人の女子生徒の姿があった。
眼鏡の奥の瞳は冷静で、手にしたカメラのレンズはこちらへ向けられている。
「……あれは」
清水の声に、二人も同じ方向を仰ぎ見た。
「カメラ……?」
「まさか、”眼鏡の女子生徒”か」
三人の胸に緊張が走る。
彼女はただ黙々とシャッターを切り続けていた。
まるで、この惨状すらも「記録」するべき被写体であるかのように。
蓮井は鋭く息を吐いた。
「――二人は、他の生徒を!」
短く言い捨て、校舎の方へ駆け出す。
「おい、蓮井!?」
常川が慌てて呼び止めるが、振り返らない。
清水はすぐに状況を理解し、残された常川の肩を叩いた。
「私たちは生徒を学校の外へ誘導するのよ! 早く!」
「ちっ……分かった!」
蓮井の背中が、暗がりの中で一気に遠ざかっていく。
校舎の扉を押し開け、階段を駆け上がる足音が、夜の校舎に反響する。
蓮井は荒い息を整えながら三階の廊下を駆け抜け、さっき女子生徒の姿を見た教室の扉を押し開けた――。
だが、そこには誰もいなかった。
窓は少しだけ開いていて、カーテンが夜風に揺れている。つい先ほどまで誰かが立っていたような気配だけが、微かに残っていた。
「……消えた?」
蓮井は静かに唇を噛み、窓際に歩み寄る。眼下にはまだ騒然とした校庭の光景。
正門付近には、逃げ出した生徒だけでなく、物見高い野次馬たちも押し寄せ、騒ぎはさらに膨れあがっている。
そこへ、バスケ部の監督と養護教諭が走ってきて、怪我人の確認を行い始めた。続いて職員室から駆け出してきた教師たちも、次々と人垣に割り込み、「落ち着け!」「集まるんじゃない!」などと声を張り上げ、騒ぎを収めようとしている。
――だが、あのカメラを構えた女子生徒の姿はどこにもない。
その夜は、それ以上の手がかりを得ることはできなかった。
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