インタールード

第13話

 目の前の光がふっと消え、蓮井、清水、常川の三人は元の廊下に立っていた。

 森は、二メートルほど先の壁際からじっと彼らを見つめている。

 蓮井は深く息を吐き、肩を落とした。

「……終わった」

 清水はすぐに蓮井の手を離し、森に軽く視線を向ける。

「こちらの世界では、ほんの数秒しか経っていないのね……」

 常川はまだぼんやりとした状態で立ち尽くし、声を漏らした。

「マジか……俺、今本当に圭太の記憶を……見たのか」

 森は眉をひそめ、無言で蓮井を見つめる。

「……何をしたんだ?」

 蓮井は腕組みをして、少し眉をひそめた。

「君の記憶を覗かせてもらった」

 蓮井は、見た一連の光景を簡潔に説明する。夜の旧体育館での練習、奇跡のブザービート、そして隣にいた”名前のない誰か”の気配――。

 森の顔色がみるみる変わり、唇が震える。

「そんな……嘘だろ。あれを、見たっていうのか……」

 常川が口を挟む。

「ああ……っていうか圭太、さっきは何で逃げたりしたんだ?」

 森は目を伏せ、短く言葉を切り、荒い息を整える。

「……俺が逃げたのは……」

 しばしの沈黙。やがて顔を上げたとき、森の目尻には、光が滲んでいた。

「――あの子と過ごしたことを、誰かに知られるのはまずいと、直感で思ったんだ」

 声は震え、言葉を押し出すように続ける。

「『超常現象』って言葉を聞いたとき、君たちが探しているのは”彼女”なんだって、はっきりとわかった。ボランティア部がただならぬ集団だというのも、薄々気づいてはいた。だから……怖くなったんだよ。誰かに詮索されることで、二人で過ごした時間の全てが、なかったことにされてしまったり、『意味のないこと』だったと証明されてしまうような気がした」

 涙が頬を伝い、森は慌てて手の甲でぬぐう。

「彼女は、とても寂しそうに見えた……世界から切り離されて、名前も記憶も失ってしまったんだ。それなのに、俺は何もしてあげられなかった」

 清水は息を呑み、常川は言葉を失ったように黙り込む。

 蓮井だけがじっと森を見つめ、まるで涙の理由を確かめるように目を細めた。

 森の頬を伝う涙に、清水は思わず歩み寄った。

「……大丈夫。誰もあなたを責めたりしない」

 静かな声で言いながら、そっとハンカチを差し出す。

 常川も困ったように頭をかき、無理に明るい声を作った。

「圭太……お前がそんな顔するの、初めて見たよ……ごめんな」

 そう言って、肩を軽く叩く。

 森は唇を噛み、視線を落としたまま小さく頷く。

 そのとき蓮井が一歩前に出た。

「……彼女のことを知られるのが、どうして”まずい”と思った? 普通の友達なら、知られて困ることはないはずだ」

 声は落ち着いているが、眼差しは鋭い。

 森の肩がびくりと震える。

「それは……」

 言葉が喉につかえ、視線は彷徨う。

 清水が「蓮井君……」と制止しかけたが、蓮井は構わず続けた。

「君が知っていることを正直に話してくれ。――彼女は消えたはずなのに、ポルターガイスト現象は今も続いている。おかしいと思わないか? きっと何か関係がある。だからこそ、僕たちも彼女を探したいんだ」

 森は、震える声を押し殺しながら問いかける。

「信じて……いい?」

 蓮井は、森の目を正面から見据えて、静かな声で答えた。

「約束しよう。君の想いや、彼女と過ごした時間を、無下にしたりは絶対にしない。むしろ、君の行動は確実に未来に繋がったのだと、逆に証明することだってできるかもしれない」

 森の胸が大きく震えた。

 清水が一歩近づき、柔らかい声で添える。

「私も同じ。だから……大丈夫」

 常川は頭をかきながら、苦笑した。

「圭太……この二人がこういう言い方するの、多分、本気のときだけだぜ。普段はおかしな連中だけど、今回は信じていいんじゃねえかな? 俺が保証するよ」

「あなたにだけは、”おかしな”とか言われたくないわ……」

「ツネ……お前、次はポーカーな」

 清水と蓮井が、じっとりした視線を常川に向ける。

 森は俯いたまま、拳を強く握りしめていた。だが三人の声が重なるうちに、固く閉ざされていた胸の奥が、少しずつ溶けていくのを感じた。

「君たちは……悪い奴らじゃないみたいだな。そうなんだろう? ツネ。……でも、ごめん。あんなことを言っておいてなんだけど、実は俺も、彼女のことはあまり詳しく知らないんだ」

 自嘲気味に笑い、森は続ける。

「一つだけ……言えるとしたら――一度だけ、彼女が”他人”と話しているのを見たことがある」

「えっ?」

 常川は思わず声を上げた。

「それってもしかして――」

 清水の声に、森は目を見開く。

「そうか……君たちも見たんだったな」

 森は少し間を置き、言葉を選ぶように続けた。

「カメラを持った、”眼鏡の女子生徒”だ。落ち着いた雰囲気だったけど、”彼女”とは随分仲が良さそうに見えた」

 蓮井は目を細め、ゆっくりと頷く。

「なるほど。あの”連絡通路”でのシーンか。森圭太、君はその女子生徒とは顔見知りじゃないのか?」

 森は、視線を床に落とす。

「いや、二年生だってことしか……名前も、どんな部活に入っているのかも知らない。ただ、あのとき偶然話しているところを見かけただけなんだ」

 清水は静かに頷き、メモを取る手を止めて森に視線を向けた。

「なるほど……でも確かに、現状はあの人しか手がかりはなさそうね」

「……彼女がまともに誰かと話してるの、あのときしか見てないんだ。きっと何か知ってる」

 沈黙が落ちる。

 蓮井が腕を組み、思案げに呟いた。

「……とりあえず、その人物を探すところから始めるしかないな」

  そう言って三人が立ち去ろうとしたとき、森が「ちょっと待ってくれ」と声を張った。

 その声音には、かすかな震えが混じっていた。

「俺は……あまりにも非力だから、これ以上協力できることはないと思う。だから君たちにしか頼めない。お願いだ、彼女を助けてあげてください。この通りだ」

 森は深々と頭を下げた。拳をぎゅっと握りしめ、必死に言葉を押し出す。

 清水と常川は顔を見合わせ、言葉を失う。

 蓮井だけが、静かに森の姿を見つめていた。

「……森」

 呼ばれて、森は頭を上げる。

「……何?」

 その問いに、蓮井はわずかに口元を緩めて言った。

「いいシュートだった」

 森は一瞬きょとんとした後、照れくさそうに視線を逸らした。

 その背中を、三人は静かに受け止めるように見つめていた。

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