第一章 ボランティア部の活動内容

第1話

 カードをテーブルに叩きつける音が、がらんとした喫茶店内に大きく響いた。

 他に客はなく、クラシックのBGMと、壁掛け時計の針の音だけが空間を満たしている。

「はい。ウノ!」

 蓮井透が、赤の“7”を二枚まとめてテーブルに叩きつけた。黒縁眼鏡の奥の目がいたずらっぽく光る。近くで見ると意外に整った顔立ちだが、その雰囲気はやや堅物めいている。

「ちょっと待てよ、それ反則だろ!」

 常川昭雄はストローをくわえたまま、ありえないものを見るような目を向けた。スポーツマンらしい爽やかな短髪に、どこか幼さの残る顔つき。いかにも「部活の人気者」といった雰囲気がある。

「ルール読みなよ、ルール。二枚出しはOKだって」

「おまえ、さっきまで『ローカルルール禁止』とか言ってなかった?」

「いやいや、これは競技ルールだよ。ウノの競技ルールでは、同じ数字と色なら同時に出していいんだ」

「……え? 俺らがやってたのって”競技”だったの……?」


 そのとき、カラン、とドアベルが鳴った。

 制服姿の清水郁恵が、日差しを背にして入ってくる。細いローポニーテールが肩に揺れ、きりりとした表情には真面目な人柄がにじんでいた。

「……あなたたち、なにやってんの」

 視線は真っ先にテーブルの上のカードの山へ。

 「勝負中」と、蓮井がさらりと言った。

「大事な推理の訓練なんだよ」

「いや、ただの時間つぶしだろ」

 常川がすかさずツッコむ。

 テーブルの端には、すでに「負け犬が奢る」という約束の証として、チョコパフェの注文票が置かれている。

 清水はため息をついて、二人の前に歩み寄った。

「……賭け事はダメでしょ?」

「刑法第百八十五条『賭博罪』のこと?」

 蓮井が即答する。

 目を輝かせた蓮井は、言葉を畳みかけた。

「『一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りではない』と書いてあるよ。つまり食べ物程度ならセーフなんだ」

「……相変わらず、そういうのだけは一丁前ね」

 清水は呆れたように肩をすくめる。

「でも、私はモラルの話をしてるの。公共の場で賭けをするのは、対象が何であれよくないわ」

 「モラルかぁ……」常川は口の中でストローを転がしながら、にやりと笑った。

「でもさ、ここって”関係者”専用の店だろ? 他に客いないし」

 彼は指をひらひらさせながら続ける。

「ってことで、こうしよう。俺が勝ったら、清水の“真面目ポイント”を一個くれ。授業中に指名されたとき使うから」

「そういうのをやめなさいって言ってるの」

 清水は蓮井と常川の前に腰を下ろすと、カバンを椅子の横に置き、真剣な顔つきになった。

「なんだよ、また説教?」

 常川が肩をすくめる。

「違うわ。――仕事よ」

 その一言で、蓮井の表情が一瞬だけ引き締まる。

「……依頼?」

 蓮井はカードを片づけながら、気乗りしなさそうに訊いた。

「そう。しかも、今回は私たちの学校――『萩架根市立大学附属高校』で起きていること……最近、妙な現象が多発しているって話を聞かない?」

「妙な現象?」

 常川が首をかしげる。

「机の上のパンが消えるとか、そういう?」

「もっと深刻」

 清水は淡々と首を振った。

 蓮井は顔をしかめ、ストローで氷をいじった。

「……またか。どうせ、ただの勘違いか、噂が独り歩きしてるだけだよ」

「あなたの”能力”なら、それを確かめられるでしょ?」

 清水の声は静かだが、有無を言わせない力があった。

「いや、僕は――」

 蓮井は言い淀み、目をそらす。

「最近は勉強も忙しいんだ。ボランティア部は名目上、ただのクラブ活動なんだし……」

「あなたもわかってるでしょう? ボランティア部は、ただの部活じゃない」

 清水は、蓮井を見つめて静かに言った。

 ボランティア部――表向きは、学校公認の奉仕活動を行う”何でも屋”だが、その実態は、「超常現象に対応する特殊機関」の下部組織として、各学校に設置されたクラブである。

 しかも学校法人そのものが母体となる機関と繋がっているため、通常の部活にはない特別な融通が利き、事件解決のためであれば、校則や予算の面でもある程度自由が認められていた。

「蓮井君、あなた、”何でも屋”になりたくてボランティア部に入ったわけじゃないでしょう?」

 清水の切り返しに、常川が「言うねえ」と茶化すような声をあげる。

「ていうか、俺だって本来バスケ部だけで手一杯なんだぞ」

 常川は両手を広げてみせる。

「なのに兼部させられてるのは、俺の“顔の広さ”が理由なんだろ? 他学年や他校にも友達多いから、情報集めに便利なんだとよ。ひでえ話だろ。人を情報ハブ扱いかよ」

「いいじゃないか。Wi-Fiより役に立つかも」

 苦笑し、ため息をついた蓮井は、片づけていたカードを全部テーブルに置いた。

 

「……わかったよ。詳しく話してくれ」


 清水はカバンから一枚のノートを取り出し、テーブルに置いた。

 表紙は折れ曲がり、ところどころに付箋が貼られている。

「これ、各クラスから集めた“証言”のまとめ」

 ページをめくると、走り書きのような字で「机が勝手に動いた」「黒板に意味不明の文字」「独り言に対して返答があった」など、不気味な報告が並んでいた。

「……ポルターガイスト、ね」

 蓮井は小さく鼻で笑い、ノートを指でとんとん叩いた。

「正直、オカルトの域を出ない。これじゃただの怪談集だ」

「それがね……実際に、”現象が起こった瞬間”を目撃した人がいるらしいのよ」

 清水は語気を強める。

「常川君、バスケ部の二年に小田さんっていう先輩いるでしょ? 彼、『図書館で“本が宙に浮いた”』って証言してるみたいなの」

「小田先輩が?」

 常川が顔を上げた。

「そういや、前に部室で聞いたな。『幽霊のしわざだ!』って大騒ぎしてた。みんな、冗談だと思って聞き流してたけど」

 清水はうなずき、蓮井へと視線を戻す。

「だから、まずは小田さんに直接話を聞きに行くべきだと思う」

 蓮井はしばらく黙り、窓の外を眺めていた。

 喫茶店の外には人通りもなく、夕日が商店街の看板を赤く染めている。

「……で、聞き込みの次は?」

 渋々といった声で蓮井が尋ねる。

 清水はノートを閉じて、まっすぐ蓮井を見つめる。

「行ってみないとわからないわ。あなたじゃないと確認できないことがあるから」

 テーブルの上で、氷がカランと音を立てた。蓮井はストローをくわえ、深いため息を吐く。

「……小田先輩の居場所を教えてくれ」

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