長編版

​瑞稀(ミズキ):

18歳→28歳。結婚を控えた女性。ナギサを「女友達以上」の親友と信じている。

​渚(ナギサ):

18歳→28歳。瑞稀の親友。



​表記

M(モノローグ): 心の声。

(間): 沈黙、余韻。

​【第一場:結婚式準備(瑞稀M多め)】

​SE: 華やかなブライダルフェアの会場の喧騒。ページをめくる音。

​瑞稀:

「どこでもいいって、いったってさぁあ!」

​瑞稀M:

……って、思わず大声が出た。周りの視線が痛い。

すぐに小さく息を吐いて、ため息で誤魔化す。

どこでもいいわけないじゃない。

私の会社、義父の付き合い、親戚関係……。雁字搦めの条件の山。

それを全部無視して「仕事が忙しい」の一点張りで、土日の内見もブライダルフェアもついてこない未来の旦那様。

​渚:

(不満げに)だからってさ、イギリス帰りで開業準備中の私に声かけますかね? 普通。

​渚:

(呆れて)まったくなぁ……。

​瑞稀:

(ハッとして)あ、ごめんナギー。そういうつもりじゃ……。

​渚:

いーのいーの。あたしがアンタを放っておけるわけないでしょ? 義母さんからも実母さんからも丸投げ状態なんて、アンタ一人じゃ潰れちゃうわよ。

​瑞稀:

(安堵して)うう……ナギー。だらしない新妻でごめんね。

​渚:

もーー。決められないよぉ、なんて泣き言はなしよ? ほら、パンフレット見る。

​瑞稀M:

こうして隣にいてくれる安心感。

情熱的なプロポーズをくれた彼よりも、今はナギサの方がずっと頼もしい。

……なんて、言ったら怒られるかな。

でも、ナギサとなら、どんな面倒な準備も「楽しいイベント」に変わる気がする。

​SE: 時間経過。夕暮れの環境音。鳥の声。静かな風。

​瑞稀M:

今日だけで三件目。

プランナーさんと話が盛り上がって、ふと横を見るとナギサがいなかった。

窓の外は、夕方の日差しと夜の帳(とばり)が混ざり合う、マジックアワー。

​瑞稀:

ナギー? どこー?

​瑞稀M:

披露宴会場から、ロビー、チャペルへ続く回廊。

夕闇が優しく緑の芝を包んでいく。

窓ガラスに映る自分とすれ違いながら、チャペルへの階段をのぞき込んだ。

​瑞稀:

……あ。いた。

​渚:

(祭壇の前で遠くを見つめている。背中で語るような佇まい)……。

​瑞稀M:

チャペルの祭壇の前。

夕焼けの逆光に包まれたその背中が、息が止まるほど綺麗だった。

いつもふざけ合っている「ナギちゃん」じゃないみたい。

どこか寂しげで、でも強くて。

柔らかく透き通るカーテン。イルミネーション。

そして、赤く燃えるような夕焼け。

二人の間の空気が……酸素が、無くなった気がした。

​瑞稀:

(不意に涙がこぼれる)っ……。

​渚:

(振り返り、優しく)……どうしたの? 涙なんか流して。

​瑞稀M:

ナギサの長い指が、私の頬に触れる。

言われて初めて、自分が泣いていることに気がついた。

悲しいわけじゃない。嬉しいわけでもない。

ただ、圧倒的な静寂が私の中に溢れて……胸が苦しい。

​瑞稀:

(涙を拭いながら)ううん。なんでもない。うん……なんでもないよ、大丈夫!

​渚:

本当に? マリッジブルー?

​瑞稀:

違うよ。……ただ、ナギがいてくれて良かったなって。こんな心強い結婚準備、他にはないもん。すごく、すごく贅沢。

​渚:

(少し寂しげに笑い)……そうね。贅沢な時間、ね。

​瑞稀:

私……幸せになるんだもん。

​瑞稀M:

そう。大丈夫。

大親友がそばにいてくれる。

これで、いいんだ。

​【第二場:結婚式当日(ナギサM多め)】

​SE: 控え室の静寂。衣擦れの音。

​渚M:

鏡の中の自分と目が合う。

渋めの赤のドレス。完璧なメイク。

……うん。不自然じゃない。今日の私は、誰よりも美しい「親友」だ。

今朝の母親の言葉が、鏡に反射して刺さってくる。

『なんでアンタがそんな立派なドレスなのよ!』

『そんなんだから、本命と結婚できないのよ!』

うるさいなぁ。

誰かさんのおかげで、やたら美人に生まれたんだもの。着飾らない手はないでしょう?

……本命、か。

そんなこと、言われなくたって分かってる。

俺は、「親友」という特等席を選んだんだから。

​渚:

(鏡に向かって)よし。いってきます。

​SE: ブライズルームのドアが開く音。

​渚:

(スタッフに案内され)失礼しまーす。

​瑞稀:

(振り返り)今日はありが……え?

​渚:

(ニッコリ笑って)……。

​瑞稀:

え……ナギちゃん? ……だよね?

​渚:

なによぉ、失礼ね! 私だって可愛い格好したかったのよ! 花嫁だけなんて、ずるいもの!

​瑞稀:

(呆気にとられ、その後吹き出す)ふ、ふふ……あはははは! なにそれ、もう! 最高!

​渚:

ほらほら、笑いすぎ。メイク崩れるわよ?

​瑞稀:

だって、だっておばさん、何も言わなかったの?

​渚:

言ったわよぉ。「そんなんだから本命と結婚できないのよ!」ですって。失礼しちゃうわよね! こんなに綺麗なのに、何の文句があるっていうのかしら? ねぇ?

​瑞稀:

(大爆笑)あははは! お母さんらしい! ……ああ、おかしい。

​渚M:

楽しそうな笑顔。本当に楽しそう。

……この笑顔を見るのが、本当に好きだった。

花嫁姿の彼女は、俺が想像していたよりもずっと綺麗で。

直視できないくらいだ。

​瑞稀:

でもナギちゃん、本当美人だよね……。悔しいけど、肌もめっちゃ綺麗。私なんて、エステ行ったのに勝てないや。

​渚:

(おどけて)あら、生まれつきの素材が違うのよ。

​渚M:

まじまじと見る。健康的で美しい、彼女の肌。

一回くらい触っておけば良かったなんて、今更思うなんて。

もう、今までみたいに気安くハグもできなくなる。

​瑞稀:

ねぇ、ナギちゃん。お願いがあるの。

​渚:

……法に触れること以外なら、いいわよ。しょうがないわねぇ。

​瑞稀:

じゃあ、えっとね。ハグして?

​渚:

(少し間を置いて)ねぇ、瑞稀。それは……ある意味、法に触れるわよ?

​瑞稀:

(少し潤んだ瞳で)いいの。……最後だもん。

​SE: 衣擦れの音。優しく抱きしめる音。

​渚M:

瑞稀の匂い。

あの日も、今日も暖かい。

大好きで、守りたくて、どうしようもなかった匂い。

きつく抱きしめてしまわないように。

想いが伝わってしまわないように。

思い出よりも少しだけ優しく、身体を離した。

​渚:

(小声で、言い聞かせるように)……幸せに、してもらうのよ。

​瑞稀:

(言葉にならず頷く)……うん。

​SE: ドアのノック音。「お時間です」の声。

​渚:

……はい、今出ます。(瑞稀に)行ってらっしゃい、花嫁さん。

​瑞稀:

行ってきます。……ありがとう、ナギちゃん。

​SE: 瑞稀が部屋を出ていく音。ドアが閉まる音。

​【第三場:10年前・卒業式(回想・ナギサM多め)】

​SE: (エコー)ドアが閉まる音が、遠い日の喧騒に変わる。

​渚M:

あいつの匂い。……10年前と、変わらないな。

岩手の桜は、まだ蕾の先が硬く雪解けの合図を待っていた。そんな冬の香りがまだ残る吉日。

あの日も、俺は、踏み出せなかった。

​渚:

(18歳・息を切らして)はぁ、はぁ……もう、勘弁してほしいわよ……。

​瑞稀:

(18歳)あ、ナギ。お疲れ様生徒会長。……って、うわぁ。学生服、ボロボロじゃん。ボタン、全部ないよ?

​渚:

袖とか校章は死守したけどね。まったく、可愛い後輩たちに毟り取られる身にもなりなさいよ。

​瑞稀:

人気者は辛いねぇ。

​渚:

(自分の胸元を見て)……あーあ。妹に殺されるかも。

​瑞稀:

え? 妹ちゃん?

​渚:

「第二ボタン以外は根こそぎ取られてこい、でも第二ボタンだけは残しておけ」って言われてたのよ。これじゃあ言い訳できないわ。

​瑞稀:

(預かっていたコートを渡す)はい、コート。……じゃあさ、その第二ボタン、妹ちゃんにあげちゃえばいいじゃない?

​渚:

(コートを羽織りながら)……。

​瑞稀:

……?

​渚:

(冗談めかして)あげたい子がいるから、妹になんかあげないわよーだ。

​瑞稀:

ふーん? 誰だろ、ナギが好きな子って。

​渚:

(瑞稀を見つめる)……。

​渚M:

このボタンを渡せば、何かが変わるんだろうか。

「これ、アンタに」って言えば。

喉元まで出かかった言葉を、瑞稀の無邪気な笑顔が遮る。

​瑞稀:

(照れ隠しに笑って)ねぇ、ナギ。4月からもよろしくね。

​渚:

……なによ、いきなり。

​瑞稀:

いやぁ……。私の初恋の人は、最強のパートナー? というか、一生の親友に化けたのだなぁって思ってさ。

​渚:

……ッ。

​SE: (キーン、と高い耳鳴りのような音。周囲の音が遠のく)

​渚M:

時が、止まった。

初恋の人。「化けた」。親友に。

……ああ、そうか。俺は、間違えたんだ。

瑞稀の顔が見えない。踏み出すことができなかった俺の姿が、彼女との間の大きな隔たりの前でたたずんでいる。

​瑞稀:

(空を見ながら)いやいや、もう時効だし? 今更アレなんだけどね! へへへ、大告白? 的な?

​渚M:

……泣くな、俺。

ここで崩れたら、親友(ここ)にすらいられなくなる。

「俺」を殺せ。「渚(ナギサ)」になれ。

​渚:

(大きくため息をついて)……ったく、うちの姫さんは本当に突拍子もないんだから!

仕方ないわねぇ。大学でもせいぜいお世話してあげるわよ。その先もご希望とあれば、墓まで付き合ってあげる!

​瑞稀:

墓までは重いってー! あはは!

​SE: 場面転換。中庭の鳥の声。

​瑞稀:

(小声で)あ、あの子、1個下の生徒会の……バラ持ってる。……私、先行ってるね。

​渚M:

後輩の女の子が差し出した、一輪の紅い薔薇。

その気高さに、俺は敬意を抱かずにはいられなかった。

彼女は、俺にできなかったことを成したのだから。

​渚:

……ありがとう。すごく、嬉しい。

でも、ごめんね。受け取れないの。……私ね、片思いをしてるの。

ずっと好きな人がいるの。その人に義理立てなんて笑っちゃうでしょ?

でも、この薔薇を受け取ったら、私のその気持ちが嘘になっちゃう気がして。

​SE: 走り去る足音。

​瑞稀:

(遠くから)おーい、ナギちゃーん! 終わったー?

​渚:

(切り替えて)はいはい、終わったわよー!

​瑞稀:

あーあ、青春だわねぇ。雲ひとつない青空!

ねぇ、ナギ。そういえばだけどさ。さっきの「墓まで」ってやつ、流石に困るからね?

私だって結婚したいしさ! 子供も欲しいもん。ま、気持ちだけ受け取っとく!

​渚:

……。

​瑞稀:

4月からも一緒だね。楽しみ!

​渚:

(一瞬の間、そして優しく)……そうね。とりあえず、あと4年は面倒見てあげる。

​渚M:

彼女のほっとしたような、安心した笑顔。

……これでいい。

間違いなんかじゃない。

​【第四場:エピローグ・控え室】

​SE: 現実の静寂。時計の針の音。

​渚:

(笑顔のまま、静かに)……綺麗だから、いいじゃない。本命と結婚できなくても。

​(間)

​渚:

「本命」の結婚式。……大事な、結婚式。

​渚M:

高校の入学式。目の前に立っていた彼女のつむじ。

成人式。僕の姿に、照れながらも格好いいと言ってくれた笑顔。

​渚:

(声を震わせて)あの時……抱きしめておけば良かったんだ。

​(間)

​渚:

壊してしまいそうで、失いたくなくて。臆病だった自分。

​渚M:

泣いていた彼女。旅行にまで誘ったのに、手も出せなかった自分。

「オネェ」なんていう道化を演じることに徹した、自分。

​渚:

(低い、本来の男の声で)情けねぇな……俺。

​SE: ポケットから何かを取り出す音。カチリ、と硬い音がする。

​渚:

(男の声で)

……まだ、ここにあるんだぜ。第二ボタン。

妹に殺されようが、誰にねだられようが、死守したボタン。

結局、渡せないまま10年か。

​渚M:

今になってようやく理解した。

壊れるのがこわくて、失うことがこわくて、大切にしていたつもりでも。

時は流れる。

この無常の流れが、すべてを過去にしてしまう。

​渚:

(自嘲気味に)オネェって、損ね。……この先は「俺」が守るって、思ってたのに。

​渚M:

「墓まで付き合ってあげる」

あの日、俺はそう言った。瑞稀は「重い」と笑ったけれど。

​渚:

(男の声で)……だからこそ、このドレスなんだろ? ……な? 渚(なぎさ)。

この赤は、あの日後輩が持っていたバラの色だ。

言えなかった「好き」の代わりの色だ。

​(長い間)

​渚:

(顔を上げ、吹っ切れたように、しかし哀しみを帯びて)

……ちゃんと、おめでとうをしよう。

大好きな。大切な初恋。

そして、きっと……最後の恋。

​渚:

(ドレスの裾を翻し、扉に向かって)行ってきます。最高の親友役、演じきってやるよ。

​SE: 扉を開ける音。結婚行進曲が遠くから聞こえてくる。

​(フェードアウト)

​(終)


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声劇『親友とドレス』 きゆなつひ @yukimidaifuku1220

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