声劇『親友とドレス』
きゆなつひ
短編版
登場人物
瑞稀(ミズキ): 結婚を控えた女性。婚約者の非協力的な態度に不満がある。ナギサは「女友達以上」の親友。
渚(ナギサ): ミズキの親友。イギリスへ語学とバー経営の修行のため留学。帰国したばかりのところを内見に付き合わされてる。
表記
M(モノローグ): 心の声。
(間): 沈黙、余韻、息遣いなどの時間。
( ): 行動や感情のト書き。
【第一場:2018年 春・式場見学】
SE: 華やかなブライダルフェアの会場の喧騒。ページをめくる音。
瑞稀: 「どこでもいいって、いったってさぁあ!」
瑞稀M:
……って、思わず大声が出た。
周りの視線が痛い。すぐに小さく息を吐いて、ため息で誤魔化す。
どこでもいいわけないじゃない。
私の会社、義父の付き合い、親戚関係……。雁字搦めの条件の山。
それを全部無視して「仕事が忙しい」の一点張りで、土日の内見もブライダルフェアもついてこない未来の旦那様。
渚: (不満げに)だからってさ、イギリス帰りで開業準備中の私に声かけますかね? 普通。
渚: (呆れて)まったくなぁ……。
瑞稀: (ハッとして)あ、ごめんナギー。そういうつもりじゃ……。
渚: いーのいーの。あたしがアンタを放っておけるわけないでしょ? 義母さんも実母さんからも丸投げ状態なんて、アンタ一人じゃ潰れちゃうわよ。
瑞稀: (安堵して)うう……ナギー。だらしない新妻でごめんね。
渚: もーー。決められないよぉ、なんて泣き言はなしよ? ほら、パンフレット見る。
瑞稀M:
こうして隣にいてくれる安心感。
情熱的なプロポーズをくれた彼よりも、今はナギサの方がずっと頼もしい。
……なんて、言ったら怒られるかな。
(間・時間が経過する)
SE: 夕暮れの環境音。鳥の声。静かな風。
瑞稀M:
今日だけで三件目。
プランナーさんと話が盛り上がって、ふと横を見るとナギサがいなかった。
窓の外は、夕方の日差しと夜の帳(とばり)が混ざり合う、マジックアワー。
瑞稀: ナギー? どこー?
瑞稀M:
披露宴会場から、ロビー、チャペルへ続く回廊。
夕闇が優しく緑の芝を包んでいく。
窓ガラスに映る自分とすれ違いながら、チャペルへの階段をのぞき込んだ。
(間)
瑞稀M:
……あ。
いた。
渚: (祭壇の前で遠くを見つめている。背中で語るような佇まい)……。
瑞稀M:
チャペルの祭壇の前。
夕焼けの逆光に包まれたその背中が、息が止まるほど綺麗だった。
いつもふざけ合っている「ナギちゃん」じゃないみたい。
柔らかく透き通るカーテン。イルミネーション。
そして、赤く燃えるような夕焼け。
二人の間の空気が……酸素が、無くなった気がした。
瑞稀: (不意に涙がこぼれる)っ……。
渚: (振り返り、優しく)……どうしたの? 涙なんか流して。
瑞稀M:
ナギサの長い指が、私の頬に触れる。
言われて初めて、自分が泣いていることに気がついた。
悲しいわけじゃない。嬉しいわけでもない。
ただ、圧倒的な静寂が私の中に溢れて……胸が苦しい。
瑞稀: (涙を拭いながら)ううん。なんでもない。うん……なんでもないよ、大丈夫!
渚: 本当に? マリッジブルー?
瑞稀: 違うよ。……ただ、ナギがいてくれて良かったなって。こんな心強い結婚準備、他にはないもん。すごく、すごく贅沢。
渚: (少し寂しげに笑い)……そうね。贅沢な時間、ね。
瑞稀: 私……幸せになるんだもん。
瑞稀M:
そう。大丈夫。
大親友がそばにいてくれる。
これで、いいんだ。
【第二場:2018年 初夏・結婚式当日】
SE: 控え室の静寂。衣擦れの音。
渚M:
鏡の中の自分と目が合う。
渋めの赤のドレス。完璧なメイク。
……うん。不自然じゃない。今日の私は、誰よりも美しい「親友」だ。
(回想のフラッシュバック・エコー強めなどは無し、ナギサの脳内再生)
『なんでアンタがそんな立派なドレスなのよ!』
『そんなんだから、本命と結婚できないのよ!』
渚M:
今朝の母親の言葉が、鏡に反射して刺さってくる。
うるさいなぁ。
誰かさんのおかげで、やたら美人に生まれたんだもの。着飾らない手はないでしょう?
……本命、か。
そんなこと、言われなくたって分かってる。
渚: (鏡に向かって)よし。いってきます。
(間・場面転換)
SE: ブライズルームのドアが開く音。
渚: (スタッフに案内され)失礼しまーす。
瑞稀: (振り返り)今日はありが……え?
渚: (ニッコリ笑って)……。
瑞稀: え……ナギちゃん? ……だよね?
渚: なによぉ、失礼ね! 私だって可愛い格好したかったのよ! 花嫁だけなんて、ずるいもの!
瑞稀: (呆気にとられ、その後吹き出す)ふ、ふふ……あはははは! なにそれ、もう! 最高!
渚: ほらほら、笑いすぎ。メイク崩れるわよ?
瑞稀: だって、だっておばさん、何も言わなかったの?
渚: 言ったわよぉ。「そんなんだから本命と結婚できないのよ!」ですって。失礼しちゃうわよね! こんなに綺麗なのに、何の文句があるっていうのかしら? ねぇ?
瑞稀: (大爆笑)あははは! お母さんらしい! ……ああ、おかしい。
渚M:
楽しそうな笑顔。本当に楽しそう。
……この笑顔を見るのが、本当に好きだった。
瑞稀: でもナギちゃん、本当美人だよね……。悔しいけど、肌もめっちゃ綺麗。私なんて、エステ行ったのに勝てないや。
渚: (おどけて)あら、生まれつきの素材が違うのよ。
渚M:
まじまじと見る。健康的で美しい、彼女の肌。
一回くらい触っておけば良かったなんて、今更思うなんて。
もう、今までみたいに気安くハグもできなくなる。
瑞稀: ねぇ、ナギちゃん。お願いがあるの。
渚: ……法に触れること以外なら、いいわよ。しょうがないわねぇ。
瑞稀: じゃあ、えっとね。ハグして?
(間)
渚M:
「ナギちゃーん! ハグしてーーー!」
……高校時代、コンクールで金賞を取ったとき。
大学に合格したとき。
成人式の前撮り。
初めて彼氏ができたとき。
別れて泣きついてきたとき。
……ことあるごとに、子供同士みたいに抱き合った。
渚: (少し間を置いて)ねぇ、瑞稀。それは……ある意味、法に触れるわよ?
瑞稀: (少し潤んだ瞳で)いいの。……最後だもん。
SE: 衣擦れの音。優しく抱きしめる音。
渚M:
瑞稀の匂い。
あの日も、今日も暖かい。
大好きで、守りたくて、どうしようもなかった匂い。
きつく抱きしめてしまわないように。
想いが伝わってしまわないように。
思い出よりも少しだけ優しく、身体を離した。
渚: (小声で、言い聞かせるように)……幸せに、してもらうのよ。
瑞稀: (言葉にならず頷く)……うん。
SE: ドアのノック音。「お時間です」の声。
渚: ……はい、今出ます。(瑞稀に)行ってらっしゃい、花嫁さん。
瑞稀: 行ってきます。……ありがとう、ナギちゃん。
SE: 瑞稀が部屋を出ていく音。ドアが閉まる音。
【第三場:ブライズルーム・独白】
SE: ドアが閉まった後の完全な静寂。
渚: (笑顔のまま、静かに)……綺麗だから、いいじゃない。本命と結婚できなくても。
(間)
渚: 「本命」の結婚式。……大事な、結婚式。
渚M:
高校の入学式。
目の前に立っていた彼女のつむじ。
成人式。
僕の姿に、照れながらも格好いいと言ってくれた笑顔。
渚: (声を震わせて)あの時……抱きしめておけば良かったんだ。
(間)
渚: 壊してしまいそうで、失いたくなくて。
臆病だった自分。
渚M:
泣いていた彼女。旅行にまで誘ったのに、手も出せなかった自分。
「オネェ」なんていう道化を演じることに徹した、自分。
渚: (低い、本来の男の声で)情けねぇな……俺。
(間・拳を握りしめる音)
渚M:
今になってようやく理解した。
壊れるのがこわくて、失うことがこわくて、大切にしていたつもりでも。
時は流れる。
この無常の流れが、すべてを過去にしてしまう。
渚: (自嘲気味に)オネェって、損ね。……この先は「俺」が守るって、思ってたのに。
(間・手のひらを見つめる)
渚: (男の声で)……だからこそ、このドレスなんだろ? ……な? 渚(なぎさ)。
(長い間)
渚: (顔を上げ、吹っ切れたように、しかし哀しみを帯びて)
……ちゃんと、おめでとうをしよう。
大好きな。大切な初恋。
そして、きっと……最後の恋。
(フェードアウト)
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