第8話 正解じゃなくて、俺の人生だ

目覚ましが鳴った。


いつもと同じ、うるさくて、安っぽい電子音。


六畳一間。

散らかった机。

冴えない二十代の朝。


「……戻ったな」


天井を見つめながら、そう呟いた。



特別な変化はない。


会社は相変わらず小さい。

給料も高くない。

恋人もいない。


履歴書が書き換わっているわけでも、過去の失敗が消えているわけでもない。


――でも。


「……静かだ」


頭の中が妙に静かだった。



出社。


いつもの上司が、いつもの調子で言う。


「これ、今日中に頼む」


無茶な期限。

曖昧な指示。


前の僕なら、愛想笑いで引き受けて、内心で文句を言いながら徹夜した。


でも。


「すみません」


声が自分でも驚くほど落ち着いていた。


「今日中だと品質が落ちます」


上司が眉をひそめる。


「じゃあ、どうする」


「明日の午前中までください。その代わり、ここまでは今日仕上げます」


少しの沈黙。


「……わかった」


それだけ。



心臓が少し遅れてドクドク鳴り出す。


怖くなかったわけじゃない。


でも――

後悔もしなかった。


「今のは」


自分の中で、ちゃんと理由があった。


それで十分だった。



昼休み。


コンビニの棚の前で、おにぎりを選ぶ。


ツナマヨ。

鮭。

唐揚げ。


一瞬、迷ってから鮭を取る。


「昨日、脂っこいの食べたしな」


小さな選択。


でも、これは「流れ」じゃない。



夜。


部屋に戻り、スマホを見る。


友人――

あの、未来で成功していた男から、

久しぶりにメッセージが来ていた。


《今度、飯行かない?》


少し、考える。


以前なら「忙しいから」と無難に断っていた。


でも。


《行く。土曜なら空いてる》


送信。


理由は、ちゃんと自分に説明できた。



布団に横になる。


天井を見つめながら、ふと思う。


もし、また神様(仮)が現れたら。


もし、「成功ルート」をもう一度提示されたら。


――たぶん、断る。


「……正解じゃなくていい」


小さく声に出す。


「これは、俺が選んだ人生だから」



成功は、していない。


でも。


失敗を他人のせいにしない


選んだ理由を、自分で引き受ける


分からなくても、立ち止まって考える


それだけで、世界はずいぶん違って見えた。



ふと、気配を感じる。


「……見てるんでしょ」


返事はない。


でも、どこかで、あの性格の悪い神様がニヤニヤしている気がした。


「別に褒めなくていいですから」


誰にともなく言って目を閉じる。



明日も選ぶ。


明後日も選ぶ。


正解かどうかは、わからない。


でも。


選び続けた先に、きっと“芯”はできていく。


そんな確信だけは、はっきりとあった。


――

これは、取り戻さなかった人生の話。


そして、ようやく始まった俺の人生の話だ。

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正解を選べなかった俺が、人生を選び直すまで @MorningHasCome

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