第8話 正解じゃなくて、俺の人生だ
目覚ましが鳴った。
いつもと同じ、うるさくて、安っぽい電子音。
六畳一間。
散らかった机。
冴えない二十代の朝。
「……戻ったな」
天井を見つめながら、そう呟いた。
*
特別な変化はない。
会社は相変わらず小さい。
給料も高くない。
恋人もいない。
履歴書が書き換わっているわけでも、過去の失敗が消えているわけでもない。
――でも。
「……静かだ」
頭の中が妙に静かだった。
*
出社。
いつもの上司が、いつもの調子で言う。
「これ、今日中に頼む」
無茶な期限。
曖昧な指示。
前の僕なら、愛想笑いで引き受けて、内心で文句を言いながら徹夜した。
でも。
「すみません」
声が自分でも驚くほど落ち着いていた。
「今日中だと品質が落ちます」
上司が眉をひそめる。
「じゃあ、どうする」
「明日の午前中までください。その代わり、ここまでは今日仕上げます」
少しの沈黙。
「……わかった」
それだけ。
*
心臓が少し遅れてドクドク鳴り出す。
怖くなかったわけじゃない。
でも――
後悔もしなかった。
「今のは」
自分の中で、ちゃんと理由があった。
それで十分だった。
*
昼休み。
コンビニの棚の前で、おにぎりを選ぶ。
ツナマヨ。
鮭。
唐揚げ。
一瞬、迷ってから鮭を取る。
「昨日、脂っこいの食べたしな」
小さな選択。
でも、これは「流れ」じゃない。
*
夜。
部屋に戻り、スマホを見る。
友人――
あの、未来で成功していた男から、
久しぶりにメッセージが来ていた。
《今度、飯行かない?》
少し、考える。
以前なら「忙しいから」と無難に断っていた。
でも。
《行く。土曜なら空いてる》
送信。
理由は、ちゃんと自分に説明できた。
*
布団に横になる。
天井を見つめながら、ふと思う。
もし、また神様(仮)が現れたら。
もし、「成功ルート」をもう一度提示されたら。
――たぶん、断る。
「……正解じゃなくていい」
小さく声に出す。
「これは、俺が選んだ人生だから」
*
成功は、していない。
でも。
失敗を他人のせいにしない
選んだ理由を、自分で引き受ける
分からなくても、立ち止まって考える
それだけで、世界はずいぶん違って見えた。
*
ふと、気配を感じる。
「……見てるんでしょ」
返事はない。
でも、どこかで、あの性格の悪い神様がニヤニヤしている気がした。
「別に褒めなくていいですから」
誰にともなく言って目を閉じる。
*
明日も選ぶ。
明後日も選ぶ。
正解かどうかは、わからない。
でも。
選び続けた先に、きっと“芯”はできていく。
そんな確信だけは、はっきりとあった。
――
これは、取り戻さなかった人生の話。
そして、ようやく始まった俺の人生の話だ。
正解を選べなかった俺が、人生を選び直すまで @MorningHasCome
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