第6話 寿命が残り一年でも、選ぶのは俺だ

目を覚ますと、視界がやけに低かった。


天井が近い。

布団が小さい。

手も、足も、やたら短い。


「……ああ」


声まで高い。


ここは――

小学六年生の自分の部屋だった。



神様(仮)は、もう説明をしなかった。


たぶん、説明する必要がないところまで来てしまったのだ。


「残り寿命、どれくらいですか」


僕が聞くと、神様(仮)は、スマホを取り出した。


「えーっと……」


画面をスワイプする音。


「だいたい、一年ちょいかな」


「……思ったより、ありますね」


「基準が狂ってるよ」


軽く突っ込まれるC神。



一年。


人生としては短すぎる。


でも――

小学六年生として考えると妙に重い数字だった。


受験もない。

就職もない。

恋愛なんて言葉すら知らない。


「……何も変えられない」


僕がそう呟くと、神様(仮)は首を振った。


「違うよ」


「?」


「何も変えなくていい」


その言葉に胸がざわつく。



学校。


教室は相変わらず騒がしかった。


誰が誰を好きだとか、ゲームの話だとか、どうでもいいことで盛り上がっている。


その中で僕は気づく。


――選択肢がない。


部活?

親が決める。


進学?

まだ先。


友達関係?

流れで決まる。


「……楽だな」


ぽつりと本音が漏れた。


今までの僕は、ずっとこうだった。


選ばなくていい場所に逃げて、流されて、「仕方なかった」で済ませてきた。



放課後。


校庭の隅で、一人、鉄棒にぶら下がる。


逆上がりは相変わらずできない。


「できないな」


でも、不思議と悔しくなかった。


その瞬間、はっきりとわかった。


――成功とか失敗とか、今の俺には関係ない。


あるのは、どう生きるかだけだ。



夜。


神様(仮)が、いつもより静かな声で言う。


「能力、使う?」


「……いいえ」


即答だった。


「もう、これ以上やり直したくないです」


「そっか」


神様(仮)は、少しだけ寂しそうに笑った。


「じゃあ、この一年、何をする?」


僕は、少し考えてから答える。


「決める練習をします」


「ほう?」


「小さなことでいいから、自分で理由をつけて選ぶ」


今日は誰と話すか


何を読んで寝るか


嫌なことから逃げるか、向き合うか


結果は、どうでもいい。


「説明できるかどうか」


それだけを基準に。



翌日から僕は変な子になった。


給食のメニューを理由つきで選ぶ。


「今日はこれ。昨日、揚げ物だったから」


遊びの誘いを断ることもあった。


「今日は一人でいたい」


誰かに合わせない。でも、敵にもならない。


ただ、自分で決める。



ある晩、神様(仮)がぽつりと呟いた。


「……不思議だね」


「何がですか」


「君、もう寿命の話、気にしなくなった」


言われて、初めて気づく。


確かにそうだった。


一年後に死ぬかもしれない。

でも――

怖くない。


「たぶん」


僕は言う。


「もう、誰の人生を生きてるか、わからなくなるのが嫌なんです」


神様(仮)は、しばらく黙っていた。


そして、ニヤッと笑う。


「……いい顔になったね」



その夜、夢の中で僕は“元の自分”を見た。


冴えない二十代。

迷ってばかりで、正解を探して、何も決められない男。


でも。


「――あれでも」


不思議と嫌いじゃなかった。


「今度は、ちゃんとやれよ」


そう言って目が覚めた。


翌朝。


空は、やけに澄んでいた。


そして、僕は理解していた。


もう、この能力は要らない。戻る準備はできている。


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