第5話 あいつは、昔から正解なんて選んでなかった
中学二年の校舎は、やけにうるさい。
廊下を走る音。
意味もなく叫ぶ声。
部活帰りの汗の匂い。
――ああ、そうだった。
この頃の世界は、まだ雑だった。
*
寿命を削りすぎたせいか、戻れる時代は、どんどん前になっていた。
高校でもなく、受験直前でもなく、中学二年。
まだ「進路」という言葉が、本気で重くなりきる前。
教室の後ろの席に座りながら、僕は周りを見渡す。
そして――
見つけた。
「あ……」
窓際の席で、机に足を投げ出している男子。
未来では、小さな会社を立ち上げて、それなりにうまくやっている男。
僕の数少ない友人。
――あいつだ。
*
当時の彼は、決して優等生じゃなかった。
成績は中の上。
先生にはよく注意される。
空気も、そこまで読まない。
正直、「成功しそうなタイプ」には見えない。
でも。
「なあ、これさ」
彼がノートを僕の机に放り投げてくる。
「この問題、俺こう解いたんだけど、たぶん間違ってるよな」
「……合ってるけど」
「マジ?じゃあこのやり方でいくわ」
それだけ。
理由も、理屈も、誰かの評価も気にしていない。
――あれ?
その瞬間、胸の奥に引っかかるものがあった。
*
放課後。
帰り道。
「部活、どうする?」
僕が聞くと、彼は肩をすくめた。
「やめる」
「え、もったいなくない?」
「うん。でも、なんか違う」
それだけの理由。
顧問の評価も、周りの目も、一切、気にしていない。
「次、何やるか決めてるの?」
「いや。まだ」
それを聞いて、僕は内心、驚いた。
――計画、ないんだ。
当時の僕なら、不安で仕方がなかったはずだ。
「大丈夫かよ」
「さあ?」
彼は笑う。
「まあ、ダメだったら、そのとき考える」
*
その夜、布団の中で、僕は考えていた。
未来の彼は、特別な才能があったわけじゃない。
特別な環境でもない。
特別な運でもない。
なのに、今の僕とはまるで違う。
「……何が違うんだ」
翌日も、その次の日も、僕は、彼を“観察”するようになった。
そして、あることに気づく。
彼は――
正解を探さない
失敗を前提にしている
選んだあと、言い訳をしない
「……あ」
放課後の教室で、ふと、声が漏れた。
彼は、最初から“自分で選んでいた”。
結果がどうなるかじゃない。
評価されるかどうかでもない。
「今の自分が、これでいいか」
それだけ。
*
その晩、神様(仮)が珍しく真面目な顔で現れた。
「気づいた?」
「……はい」
「遅いね」
「うるさいです」
神様(仮)は、くすっと笑ってから言う。
「君はさ」
湯呑みを置く。
「選択を、未来の自分に丸投げしてた」
「……」
「成功したら、“やっぱり正解だった”。
失敗したら、“仕方なかった”」
胸が締めつけられる。
「でも、あいつは違う」
神様(仮)は、友人の方を見る。
「あいつは、“今の自分”に説明できるかで決めてる」
それだ。
データでも、正解でも、評価でもない。
自分に説明できるか。
「……だから」
声が少し震える。
「だから、あいつは後悔してないんですね」
「たぶんね」
神様(仮)は、いつもの軽い調子に戻る。
「後悔しても、自分で選んだって思えてるから」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
*
教室の窓から夕焼けを見る。
もし、このまま――
この時代で人生をやり直したら。
前より、うまくやれるかもしれない。
でも。
「……それでも」
僕は、小さく呟く。
「それでも、また同じことを繰り返す気がする」
神様(仮)は、何も言わなかった。
ただ、楽しそうに笑っていた。
そのとき、僕ははっきりと理解した。
やり直しの問題じゃない。選び方の問題だ。
そして、この力を使い続ける限り――
僕は、自分の人生を生きられない。
胸の奥で、ようやく“答えになりそうなもの”が、形を持ち始めていた。
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