第5話 あいつは、昔から正解なんて選んでなかった

中学二年の校舎は、やけにうるさい。


廊下を走る音。

意味もなく叫ぶ声。

部活帰りの汗の匂い。


――ああ、そうだった。

この頃の世界は、まだ雑だった。



寿命を削りすぎたせいか、戻れる時代は、どんどん前になっていた。


高校でもなく、受験直前でもなく、中学二年。


まだ「進路」という言葉が、本気で重くなりきる前。


教室の後ろの席に座りながら、僕は周りを見渡す。


そして――

見つけた。


「あ……」


窓際の席で、机に足を投げ出している男子。


未来では、小さな会社を立ち上げて、それなりにうまくやっている男。


僕の数少ない友人。


――あいつだ。



当時の彼は、決して優等生じゃなかった。


成績は中の上。

先生にはよく注意される。

空気も、そこまで読まない。


正直、「成功しそうなタイプ」には見えない。


でも。


「なあ、これさ」


彼がノートを僕の机に放り投げてくる。


「この問題、俺こう解いたんだけど、たぶん間違ってるよな」


「……合ってるけど」


「マジ?じゃあこのやり方でいくわ」


それだけ。


理由も、理屈も、誰かの評価も気にしていない。


――あれ?


その瞬間、胸の奥に引っかかるものがあった。



放課後。

帰り道。


「部活、どうする?」


僕が聞くと、彼は肩をすくめた。


「やめる」


「え、もったいなくない?」


「うん。でも、なんか違う」


それだけの理由。


顧問の評価も、周りの目も、一切、気にしていない。


「次、何やるか決めてるの?」


「いや。まだ」


それを聞いて、僕は内心、驚いた。


――計画、ないんだ。


当時の僕なら、不安で仕方がなかったはずだ。


「大丈夫かよ」


「さあ?」


彼は笑う。


「まあ、ダメだったら、そのとき考える」



その夜、布団の中で、僕は考えていた。


未来の彼は、特別な才能があったわけじゃない。


特別な環境でもない。

特別な運でもない。


なのに、今の僕とはまるで違う。


「……何が違うんだ」


翌日も、その次の日も、僕は、彼を“観察”するようになった。


そして、あることに気づく。


彼は――


正解を探さない


失敗を前提にしている


選んだあと、言い訳をしない


「……あ」


放課後の教室で、ふと、声が漏れた。


彼は、最初から“自分で選んでいた”。


結果がどうなるかじゃない。

評価されるかどうかでもない。


「今の自分が、これでいいか」


それだけ。



その晩、神様(仮)が珍しく真面目な顔で現れた。


「気づいた?」


「……はい」


「遅いね」


「うるさいです」


神様(仮)は、くすっと笑ってから言う。


「君はさ」


湯呑みを置く。


「選択を、未来の自分に丸投げしてた」


「……」


「成功したら、“やっぱり正解だった”。

 失敗したら、“仕方なかった”」


胸が締めつけられる。


「でも、あいつは違う」


神様(仮)は、友人の方を見る。


「あいつは、“今の自分”に説明できるかで決めてる」


それだ。


データでも、正解でも、評価でもない。


自分に説明できるか。


「……だから」


声が少し震える。


「だから、あいつは後悔してないんですね」


「たぶんね」


神様(仮)は、いつもの軽い調子に戻る。


「後悔しても、自分で選んだって思えてるから」


その言葉が、静かに胸に落ちた。



教室の窓から夕焼けを見る。


もし、このまま――

この時代で人生をやり直したら。


前より、うまくやれるかもしれない。


でも。


「……それでも」


僕は、小さく呟く。


「それでも、また同じことを繰り返す気がする」


神様(仮)は、何も言わなかった。


ただ、楽しそうに笑っていた。


そのとき、僕ははっきりと理解した。


やり直しの問題じゃない。選び方の問題だ。


そして、この力を使い続ける限り――

僕は、自分の人生を生きられない。


胸の奥で、ようやく“答えになりそうなもの”が、形を持ち始めていた。

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