第4話 好きになれそうな人ほど、なぜか逃げたくなる

恋愛は、仕事よりも簡単だと思っていた。


少なくとも、努力が数字で見えないぶん、失敗しても「相性が悪かった」で片づけられる。


――前の人生では、そうやって逃げてきた。



社会人三年目。

仕事にも、多少は慣れてきた頃。


「今度こそ、ちゃんとした恋愛をしよう」


そう思ったのは、特別な理由があったわけじゃない。


ただ、周りが次々と結婚していって、飲み会の話題が変わってきただけだ。


焦り。

たぶん、それだけ。


「紹介、あるけど?」


同僚のその一言に、

僕は即答で「お願いします」と言った。


即答できたことに、自分で少し驚いた。



彼女は、いい人だった。


見た目も、性格も、誰に紹介しても問題ない。


話も合う。

沈黙も気まずくない。


デートを重ねるうちに、

周りからも言われるようになった。


「いい感じじゃん」


「もう付き合えば?」


――正解だ。


この流れは、完全に正解ルート。


そう思っていた。



三回目のデートの帰り道。

駅前の、人通りの少ない道。


「……あのさ」


彼女が、少し照れたように言う。


「また、会ってくれる?」


胸が、きゅっと締めつけられた。


――あれ?


嬉しいはずだ。

待っていた言葉のはずだ。


なのに。


「……うん、もちろん」


口ではそう答えながら、

心の奥で、別の声がした。


ここまで来たら、逃げられない。


その瞬間、彼女の仕草が、急に気になり始めた。


歩き方。

声のトーン。

言葉の選び方。


今まで気にならなかったことが、次々と浮かんでくる。


「……」


帰りの電車でスマホを見る。


返信しなきゃいけないメッセージが、なぜか重い。


「……なんでだよ」


自分でもわからなかった。



数日後、理由をつけて、会う回数を減らした。


仕事が忙しい。

体調が悪い。

予定が合わない。


嘘じゃない。でも、本当でもない。


やがて、連絡は途切れた。


「……また、か」


ため息が出る。


好きになれそうだった。

たぶん、世間的にも“いい相手”だった。


それなのに、一歩踏み込まれると逃げた。


その夜、神様(仮)は、いつもより近い距離に座っていた。


「お疲れ」


「……何も言わないでください」


「言わないよ。聞くだけ」


珍しい。


「……どうして」


僕は、天井を見つめたまま言う。


「どうして、うまくいきそうになると嫌になるんですか」


「嫌いになった?」


「……違います」


「じゃあ、怖くなった?」


「……」


沈黙が答えだった。


神様(仮)は、少し考えてから言う。


「たぶんさ」


湯呑みをくるくる回しながら、


「君、恋愛でも“正解の役”をやろうとしてるんだよ」


「正解の役?」


「いい彼氏。

 ちゃんとした社会人。

 相手を幸せにできそうな人」


胸が、痛くなる。


「それ、間違いじゃない。でもさ」


神様(仮)は、ちらっと僕を見る。


「それ、君じゃないでしょ」


「……」


「自分の気持ちが曖昧なまま、関係だけ進むの、怖いよね」


「……はい」


ようやく、言えた。


「だって」


声が少し震える。


「もし、途中で違うって思ったら……

 傷つけるじゃないですか」


神様(仮)は、くすっと笑った。


「優しいね。言い方を変えれば、責任を取りたくないだけだけど」


ぐさっと来た。


「選んだら、引き返せなくなる気がして」


「うん」


「失敗したら、全部、自分のせいになる気がして」


神様(仮)は、立ち上がる。


「それが、“選ぶ”ってことだからね」


「……」


「仕事も、受験も、恋愛も、君は全部、“正解”を盾にしてきた」


背中を向けたまま、続ける。


「でも恋愛ってさ、正解、用意されてないんだよ」


その言葉が静かに胸に落ちた。


神様(仮)が消えたあと、部屋には僕ひとり。


スマホを見る。


もう届かないメッセージ画面。


「……僕は」


小さく、呟く。


「何一つ、ちゃんと選んでこなかったんだな」


仕事では、選ばれる側でいようとした。


恋愛では、傷つけない側でいようとした。


でもその実、何も引き受けていなかった。


その夜、僕ははじめて思った。


――やり直しじゃ、足りない。


この力で、何度過去に戻っても、僕が変わらない限り、結果は同じだ。


胸の奥で、何かが、静かに折れた。


そして同時に、何かが、ようやく始まった気がした。

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