第4話 好きになれそうな人ほど、なぜか逃げたくなる
恋愛は、仕事よりも簡単だと思っていた。
少なくとも、努力が数字で見えないぶん、失敗しても「相性が悪かった」で片づけられる。
――前の人生では、そうやって逃げてきた。
*
社会人三年目。
仕事にも、多少は慣れてきた頃。
「今度こそ、ちゃんとした恋愛をしよう」
そう思ったのは、特別な理由があったわけじゃない。
ただ、周りが次々と結婚していって、飲み会の話題が変わってきただけだ。
焦り。
たぶん、それだけ。
「紹介、あるけど?」
同僚のその一言に、
僕は即答で「お願いします」と言った。
即答できたことに、自分で少し驚いた。
*
彼女は、いい人だった。
見た目も、性格も、誰に紹介しても問題ない。
話も合う。
沈黙も気まずくない。
デートを重ねるうちに、
周りからも言われるようになった。
「いい感じじゃん」
「もう付き合えば?」
――正解だ。
この流れは、完全に正解ルート。
そう思っていた。
*
三回目のデートの帰り道。
駅前の、人通りの少ない道。
「……あのさ」
彼女が、少し照れたように言う。
「また、会ってくれる?」
胸が、きゅっと締めつけられた。
――あれ?
嬉しいはずだ。
待っていた言葉のはずだ。
なのに。
「……うん、もちろん」
口ではそう答えながら、
心の奥で、別の声がした。
ここまで来たら、逃げられない。
その瞬間、彼女の仕草が、急に気になり始めた。
歩き方。
声のトーン。
言葉の選び方。
今まで気にならなかったことが、次々と浮かんでくる。
「……」
帰りの電車でスマホを見る。
返信しなきゃいけないメッセージが、なぜか重い。
「……なんでだよ」
自分でもわからなかった。
*
数日後、理由をつけて、会う回数を減らした。
仕事が忙しい。
体調が悪い。
予定が合わない。
嘘じゃない。でも、本当でもない。
やがて、連絡は途切れた。
「……また、か」
ため息が出る。
好きになれそうだった。
たぶん、世間的にも“いい相手”だった。
それなのに、一歩踏み込まれると逃げた。
その夜、神様(仮)は、いつもより近い距離に座っていた。
「お疲れ」
「……何も言わないでください」
「言わないよ。聞くだけ」
珍しい。
「……どうして」
僕は、天井を見つめたまま言う。
「どうして、うまくいきそうになると嫌になるんですか」
「嫌いになった?」
「……違います」
「じゃあ、怖くなった?」
「……」
沈黙が答えだった。
神様(仮)は、少し考えてから言う。
「たぶんさ」
湯呑みをくるくる回しながら、
「君、恋愛でも“正解の役”をやろうとしてるんだよ」
「正解の役?」
「いい彼氏。
ちゃんとした社会人。
相手を幸せにできそうな人」
胸が、痛くなる。
「それ、間違いじゃない。でもさ」
神様(仮)は、ちらっと僕を見る。
「それ、君じゃないでしょ」
「……」
「自分の気持ちが曖昧なまま、関係だけ進むの、怖いよね」
「……はい」
ようやく、言えた。
「だって」
声が少し震える。
「もし、途中で違うって思ったら……
傷つけるじゃないですか」
神様(仮)は、くすっと笑った。
「優しいね。言い方を変えれば、責任を取りたくないだけだけど」
ぐさっと来た。
「選んだら、引き返せなくなる気がして」
「うん」
「失敗したら、全部、自分のせいになる気がして」
神様(仮)は、立ち上がる。
「それが、“選ぶ”ってことだからね」
「……」
「仕事も、受験も、恋愛も、君は全部、“正解”を盾にしてきた」
背中を向けたまま、続ける。
「でも恋愛ってさ、正解、用意されてないんだよ」
その言葉が静かに胸に落ちた。
神様(仮)が消えたあと、部屋には僕ひとり。
スマホを見る。
もう届かないメッセージ画面。
「……僕は」
小さく、呟く。
「何一つ、ちゃんと選んでこなかったんだな」
仕事では、選ばれる側でいようとした。
恋愛では、傷つけない側でいようとした。
でもその実、何も引き受けていなかった。
その夜、僕ははじめて思った。
――やり直しじゃ、足りない。
この力で、何度過去に戻っても、僕が変わらない限り、結果は同じだ。
胸の奥で、何かが、静かに折れた。
そして同時に、何かが、ようやく始まった気がした。
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