第3話 内定は増えた。でも、逃げ場が減った
高校も、大学も、前回よりは、ずっと“いいところ”に進んだ。
少なくとも、履歴書に書いたときに「あっ……」という空気は流れなくなった。
それだけで、人生はだいぶ楽になる――
はずだった。
*
大学四年の春。
就活用の黒いスーツを着た僕は、鏡の前でネクタイを締め直していた。
「……よし」
悪くない。
少なくとも、“詰んでる感”はない。
前回の人生では、よくわからないままエントリーして、よくわからないまま落ち続け、最終的に「内定が出たところ」に飛びついた。
結果、ブラック企業。
今回は違う。
業界研究。
企業分析。
OB訪問。
自己分析(それっぽいやつ)。
――やれることは、全部やった。
「今回は、ちゃんと戦ってる」
そう自分に言い聞かせて、面接会場に入る。
*
面接は、驚くほど順調だった。
質問の傾向も、面接官が何を聞きたいかも、だいたいわかる。
「御社を志望した理由は?」
来た。
「はい。御社が業界内でも安定した成長を続けており――」
自分の口から、“模範解答”が、すらすら出てくる。
手応え、あり。
結果――
内定が、複数出た。
「……すご」
スマホの画面を見て、思わず声が漏れる。
前回は、ひとつ出ただけで泣きそうだったのに、今回は、選べる。
選べる、はずだった。
*
内定先を並べて、表にして比較する。
年収。
福利厚生。
残業時間。
離職率。
「……ここだな」
条件が一番いい会社。
いわゆる、“誰が見ても正解”。
親も喜ぶ。
友達にも胸を張れる。
将来も、たぶん安定。
「よし」
決めた瞬間、またしても、胸が軽くならなかった。
代わりに、「これで間違ってたら終わりだな」という考えが浮かぶ。
――いや、違う。
「間違ってるわけないだろ」
データも、評価も、全部揃ってる。
正解だ。
*
入社一日目。
オフィスはきれいで、社員も優しそうで、教育制度も整っていた。
「いい会社だ」
それは本心だった。
なのに。
三か月後。
半年後。
一年後。
気づけば、僕は、どんどん息苦しくなっていた。
仕事はできる。
評価も悪くない。
でも――
「で、君はどうしたいの?」
上司にそう聞かれるたび、言葉に詰まる。
「……上の判断に従います」
無難な答え。
誰も怒らない。
誰も困らない。
でも、その分、誰も僕を見ていない。
気づけば、責任のある仕事は回ってこない。
「失敗しなさそう」
それだけの人間になっていた。
*
ある夜、残業帰りのオフィスで、ふと、声がした。
「あー、やっぱこうなったか」
振り返ると、神様(仮)が、デスクに腰掛けていた。
「……来ると思ってました」
「でしょ。君、今、前より苦しそうだもん」
「そんなこと……」
言いかけて、やめた。
たしかに、苦しい。
「内定、いっぱい取れたよね」
「はい」
「条件も、環境も、前より良い」
「はい」
「じゃあ、なんで辛いの?」
神様(仮)は、楽しそうでも、意地悪でもない顔で聞いてくる。
「……」
答えられない。
「ねえ」
神様(仮)が、静かに言う。
「君さ。“選ばれない”のが怖くて、“選ぶ側”になるの避けてない?」
その言葉が、胸の奥に、すっと刺さった。
「だってさ」
続ける。
「自分で決めたら、失敗したとき、全部自分のせいじゃん」
「……」
「正解っぽい選択って、楽だよね。
誰かに説明できるし、言い訳もできる」
図星だった。
「でもさ」
神様(仮)は、肩をすくめる。
「それ、人生を進めてるようで、実は止まってるんだよ」
「……じゃあ、どうすれば」
思わず、口をついて出た。
神様(仮)は、にやっと笑う。
「さあ?」
「またそれですか」
「答え教えたら、意味ないでしょ」
そう言って、神様(仮)は立ち上がる。
「まあ、君はどうせ――」
「どうせ?」
「また、やり直す」
その言葉に、僕は否定できなかった。
神様(仮)が消えたあと、オフィスに一人残る。
パソコンの画面に映る、自分の顔を見る。
悪くない人生だ。
前より、ずっと。
でも――
「……これ、本当に“僕の人生”か?」
答えは、まだ出ない。
ただ一つ、はっきりしているのは、正解を積み重ねるほど、逃げ場がなくなっていく。
そんな気がしてならなかった。
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