第3話 内定は増えた。でも、逃げ場が減った

高校も、大学も、前回よりは、ずっと“いいところ”に進んだ。


少なくとも、履歴書に書いたときに「あっ……」という空気は流れなくなった。


それだけで、人生はだいぶ楽になる――

はずだった。



大学四年の春。

就活用の黒いスーツを着た僕は、鏡の前でネクタイを締め直していた。


「……よし」


悪くない。

少なくとも、“詰んでる感”はない。


前回の人生では、よくわからないままエントリーして、よくわからないまま落ち続け、最終的に「内定が出たところ」に飛びついた。


結果、ブラック企業。


今回は違う。


業界研究。

企業分析。

OB訪問。

自己分析(それっぽいやつ)。


――やれることは、全部やった。


「今回は、ちゃんと戦ってる」


そう自分に言い聞かせて、面接会場に入る。



面接は、驚くほど順調だった。


質問の傾向も、面接官が何を聞きたいかも、だいたいわかる。


「御社を志望した理由は?」


来た。


「はい。御社が業界内でも安定した成長を続けており――」


自分の口から、“模範解答”が、すらすら出てくる。


手応え、あり。


結果――

内定が、複数出た。


「……すご」


スマホの画面を見て、思わず声が漏れる。


前回は、ひとつ出ただけで泣きそうだったのに、今回は、選べる。


選べる、はずだった。



内定先を並べて、表にして比較する。


年収。

福利厚生。

残業時間。

離職率。


「……ここだな」


条件が一番いい会社。


いわゆる、“誰が見ても正解”。


親も喜ぶ。

友達にも胸を張れる。

将来も、たぶん安定。


「よし」


決めた瞬間、またしても、胸が軽くならなかった。


代わりに、「これで間違ってたら終わりだな」という考えが浮かぶ。


――いや、違う。


「間違ってるわけないだろ」


データも、評価も、全部揃ってる。


正解だ。



入社一日目。


オフィスはきれいで、社員も優しそうで、教育制度も整っていた。


「いい会社だ」


それは本心だった。


なのに。


三か月後。

半年後。

一年後。


気づけば、僕は、どんどん息苦しくなっていた。


仕事はできる。

評価も悪くない。


でも――


「で、君はどうしたいの?」


上司にそう聞かれるたび、言葉に詰まる。


「……上の判断に従います」


無難な答え。


誰も怒らない。

誰も困らない。


でも、その分、誰も僕を見ていない。


気づけば、責任のある仕事は回ってこない。


「失敗しなさそう」

それだけの人間になっていた。



ある夜、残業帰りのオフィスで、ふと、声がした。


「あー、やっぱこうなったか」


振り返ると、神様(仮)が、デスクに腰掛けていた。


「……来ると思ってました」


「でしょ。君、今、前より苦しそうだもん」


「そんなこと……」


言いかけて、やめた。


たしかに、苦しい。


「内定、いっぱい取れたよね」


「はい」


「条件も、環境も、前より良い」


「はい」


「じゃあ、なんで辛いの?」


神様(仮)は、楽しそうでも、意地悪でもない顔で聞いてくる。


「……」


答えられない。


「ねえ」


神様(仮)が、静かに言う。


「君さ。“選ばれない”のが怖くて、“選ぶ側”になるの避けてない?」


その言葉が、胸の奥に、すっと刺さった。


「だってさ」


続ける。


「自分で決めたら、失敗したとき、全部自分のせいじゃん」


「……」


「正解っぽい選択って、楽だよね。

 誰かに説明できるし、言い訳もできる」


図星だった。


「でもさ」


神様(仮)は、肩をすくめる。


「それ、人生を進めてるようで、実は止まってるんだよ」


「……じゃあ、どうすれば」


思わず、口をついて出た。


神様(仮)は、にやっと笑う。


「さあ?」


「またそれですか」


「答え教えたら、意味ないでしょ」


そう言って、神様(仮)は立ち上がる。


「まあ、君はどうせ――」


「どうせ?」


「また、やり直す」


その言葉に、僕は否定できなかった。


神様(仮)が消えたあと、オフィスに一人残る。


パソコンの画面に映る、自分の顔を見る。


悪くない人生だ。

前より、ずっと。


でも――


「……これ、本当に“僕の人生”か?」


答えは、まだ出ない。


ただ一つ、はっきりしているのは、正解を積み重ねるほど、逃げ場がなくなっていく。


そんな気がしてならなかった。

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