第2話 正解を選んだはずなのに、胸が軽くならない
中学三年生の朝は、やけに眠い。
いや、正確に言うと――
身体は眠いのに、頭はやけに冴えている。
「……はあ」
制服に袖を通しながら、ため息が出た。
この感じ、久しぶりだ。
当時の僕は、受験のことなんてよくわかっていなかった。
先生に言われるまま志望校を書き、親に勧められるまま塾に行き、「無難だから」という理由で進路を決めた。
結果は――失敗。
いや、「失敗した」と言い切るほどでもない。
ただ、本来なら受かってもおかしくない高校に落ち、滑り止めの、そのまた滑り止めみたいな学校に進んだ。
そこから、全部が少しずつズレていった。
「……今度は」
洗面所の鏡に映る、若い自分を見る。
「今度は、正解を選べばいい」
そうだ。
僕には“未来の知識”がある。
偏差値。
倍率。
過去問の傾向。
合格最低点。
正解っぽい材料は、山ほど揃っていた。
*
学校の授業は、正直どうでもよかった。
内容は全部知っているし、この先どんな質問が飛んでくるかも、なんとなく覚えている。
昼休み。
教室の隅で、ノートを開きながら考える。
――志望校は、ここだ。
前回は「安全策」を取りすぎた。
今回は違う。
「本来、受かるはずだったところ」
ちょっと背伸び。
でも無謀じゃない。
模試の判定も、悪くない。
いわゆる――
“正解っぽい挑戦”。
「……よし」
決めた瞬間、胸がすっと軽くなるかと思った。
でも、ならなかった。
代わりに浮かんだのは、「これでダメだったらどうしよう」という考えだった。
「……まあ、でも」
首を振る。
「今回は、ちゃんと考えたし」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
*
受験当日。
試験会場の空気は、相変わらず重い。
けれど今回は、焦りがなかった。
問題を見る。
解ける。
時間配分も完璧。
――いける。
手応えは、確かにあった。
合格発表の日。
掲示板の前で、自分の番号を探す。
あった。
ちゃんと、あった。
「……受かった」
声が、少し震えた。
嬉しい。
はずだった。
なのに。
「……あれ?」
思っていたより、感情が動かない。
飛び上がるほど嬉しいわけでもなく、涙が出るわけでもなく。
ただ、
「ああ、やっぱりな」
という、妙に冷めた感想が浮かんだ。
その夜、布団に入って目を閉じると、例の声が聞こえた。
「あー、順調だねえ」
目を開けると、神様(仮)が、また勝手に座っていた。
「……いつからいたんですか」
「さっきから。番号見つけたあたり、いい顔してたよ」
「してません」
「してたしてた。“想定通り”って顔」
図星で、言葉に詰まる。
「……受かりました」
「うん」
「ちゃんと、正解を選びました」
「うんうん」
相槌が、やけに軽い。
「……それで?」
「それで、って」
「人生、変わりそう?」
神様(仮)は、湯呑みを揺らしながら聞いてくる。
「……少なくとも、前よりは」
「前より“マシ”?」
「……」
言われてみると、胸を張って「良くなった」とは言えなかった。
「ねえ」
神様(仮)が、少しだけ身を乗り出す。
「君さ。この選択、“自分で選んだ”って言える?」
「言えますよ。データも見ましたし、リスクも――」
「うん。でもさ」
言葉を遮られる。
「それ、“正解を選んだ”だけじゃない?」
その一言で、胸の奥が、嫌な感じにざわついた。
「……何が違うんですか」
「さあ?」
神様(仮)は、にやっと笑う。
「そのうちわかるんじゃない? たぶん、また使うだろうし。この力」
「……」
「寿命、減るけど」
「それ、もう聞きました」
「念押しだよ。人はだいたい、調子に乗るから」
そう言って、神様(仮)は立ち上がった。
「じゃ、次はどこをやり直す?」
部屋に残された僕は、合格通知を見つめながら、思う。
確かに、前より“いい選択”だった。
たぶん、世間的にも正解だ。
でも――
「……なんでだ」
どうして、こんなにも手応えがない。
布団に横になり、天井を見る。
正解を選んだはずなのに。
人生を一歩進めたはずなのに。
その夜、僕は初めて、「選択が正しくても、納得できないことがある」
という事実に気づき始めていた。
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