正解を選べなかった俺が、人生を選び直すまで
@MorningHasCome
第1話 正解っぽい人生の、どこが正解だったのか
朝の満員電車は、いつ乗っても不思議だ。
人がぎゅうぎゅうに詰まっているのに、誰一人として楽しそうじゃない。
――まあ、僕も含めて。
吊り革を掴みながら、スマホの画面をなんとなく眺める。
ニュースアプリ。ソシャゲのログインボーナス。
通知はあるけど、特に開く気にもならない。
会社に着いたら、怒られる。
怒られない日でも、褒められるわけじゃない。
帰る頃には、何をしていたのかよくわからなくなっている。
「……これでいいんだよな」
誰に向けたわけでもない独り言が、喉の奥で消えた。
大学受験も、就職も、恋愛も、全部、失敗したと言えるほど派手じゃない。
でも成功かと聞かれたら、全力で目を逸らすくらいには微妙だった。
危険そうな道は避けて、無難そうな選択肢を選んで、「まあ、こんなもんだろ」と自分を納得させてきた。
はずだった。
その日の夜。
終電を一本逃し、コンビニで買った安い弁当を食べながら、僕は急に、どうでもよくなった。
仕事も、将来も、明日の予定も、全部、どうでもいい。
――ああ、疲れてるな。
そう思った瞬間、視界が、すとんと落ちた。
*
目を開けると、見覚えのある天井があった。
いや、正確には「昔よく見ていた天井」だ。
少し黄ばんだ蛍光灯。
壁に貼られた、もう興味のないポスター。
実家の、自分の部屋。
「……は?」
声が、やけに高い。
布団から起き上がって、両手を見る。
小さい。明らかに若い。
鏡を見るまでもなくわかった。
「え、ちょっと待って」
机の上に置いてあったカレンダーには、
○月○日/中学三年と書いてある。
「……いやいやいや」
夢だ。
疲れてると、こういう変な夢を見るって聞いたことがある。
そう思ったところで、背後から、やけに軽い声がした。
「あー、驚くよね。うん、わかる」
振り返ると、そこには、白い服を着た男が座っていた。
年齢不詳。
神様っぽいと言えば神様っぽいけど、どう見てもくたびれている。
片手には湯呑み。
なぜかくつろいでいる。
「……誰ですか」
「ん?ああ、一応神。仮だけど」
「仮?」
「正式名称とかあるけど、長いから省略。
君には“神様”でいいよ」
頭が追いつかない。
夢にしては、妙にリアルだ。
「……あの、これ、夢ですよね」
「そう言われると傷つくなあ。
まあ、夢みたいなものではあるけど」
神様(仮)は、湯呑みを一口すすってから、事もなげに言った。
「君、過去に戻れるようになったんだ」
「……は?」
「正確にはね、過去の自分の身体に、今の意識が入る感じ」
「……えっと」
「タイムスリップとは違うから。
世界線とか分岐とか、そういう面倒なのはなし」
説明が雑すぎる。
「ちょ、ちょっと待ってください。理由とか、条件とか……」
「あるよ。もちろん」
神様(仮)は、にっこり笑って言った。
「一回使うごとに、寿命が千日減ります」
「…………は?」
「まあ、簡単に言うと、やり直し一回につき、だいたい三年分カット」
「重すぎません?」
「重いよ。だから言ってるでしょ?」
なぜかドヤ顔だ。
「でもまあ、君の場合――」
神様(仮)は、僕を上から下まで眺めて、少しだけ楽しそうに続けた。
「どうせ、このままでも長生きしなさそうだし」
「失礼すぎません?」
「褒めてるんだよ。人生、無難に削ってきたって意味で」
……なんだこの神。
混乱しながらも、僕の頭の中にはひとつの考えが浮かんでいた。
――やり直せる。
受験も。
就職も。
恋愛も。
「……もし」
口を開く。
「もし、違う選択をしたら」
「うん」
「人生、変わりますか」
神様(仮)は、少しだけ間を置いてから言った。
「さあね」
「……え?」
「正解を選べば、うまくいくと思う?」
その問いに、なぜか胸がちくりと痛んだ。
「まあ、やってみなよ。寿命、減るけど」
そう言って、神様(仮)は立ち上がる。
「じゃ、僕はしばらく見学。結果が出たら、また呼ぶから」
「ちょっと!」
呼び止める前に、神様(仮)の姿は、ふっと消えた。
部屋には、僕ひとり。
――正解を選べば、人生はうまくいく。
今まで、ずっとそう思ってきた。
「……じゃあ」
小さく息を吸う。
「今度こそ、正解を選べばいいんだよな」
そのときの僕は、まだ知らなかった。
正解を選び続けることが、一番うまくいかない選択だということを。
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