正解を選べなかった俺が、人生を選び直すまで

@MorningHasCome

第1話 正解っぽい人生の、どこが正解だったのか

朝の満員電車は、いつ乗っても不思議だ。

人がぎゅうぎゅうに詰まっているのに、誰一人として楽しそうじゃない。


――まあ、僕も含めて。


吊り革を掴みながら、スマホの画面をなんとなく眺める。

ニュースアプリ。ソシャゲのログインボーナス。

通知はあるけど、特に開く気にもならない。


会社に着いたら、怒られる。

怒られない日でも、褒められるわけじゃない。

帰る頃には、何をしていたのかよくわからなくなっている。


「……これでいいんだよな」


誰に向けたわけでもない独り言が、喉の奥で消えた。


大学受験も、就職も、恋愛も、全部、失敗したと言えるほど派手じゃない。

でも成功かと聞かれたら、全力で目を逸らすくらいには微妙だった。


危険そうな道は避けて、無難そうな選択肢を選んで、「まあ、こんなもんだろ」と自分を納得させてきた。

はずだった。


その日の夜。

終電を一本逃し、コンビニで買った安い弁当を食べながら、僕は急に、どうでもよくなった。


仕事も、将来も、明日の予定も、全部、どうでもいい。


――ああ、疲れてるな。


そう思った瞬間、視界が、すとんと落ちた。



目を開けると、見覚えのある天井があった。


いや、正確には「昔よく見ていた天井」だ。


少し黄ばんだ蛍光灯。

壁に貼られた、もう興味のないポスター。

実家の、自分の部屋。


「……は?」


声が、やけに高い。


布団から起き上がって、両手を見る。

小さい。明らかに若い。

鏡を見るまでもなくわかった。


「え、ちょっと待って」


机の上に置いてあったカレンダーには、

○月○日/中学三年と書いてある。


「……いやいやいや」


夢だ。

疲れてると、こういう変な夢を見るって聞いたことがある。


そう思ったところで、背後から、やけに軽い声がした。


「あー、驚くよね。うん、わかる」


振り返ると、そこには、白い服を着た男が座っていた。


年齢不詳。

神様っぽいと言えば神様っぽいけど、どう見てもくたびれている。


片手には湯呑み。

なぜかくつろいでいる。


「……誰ですか」


「ん?ああ、一応神。仮だけど」


「仮?」


「正式名称とかあるけど、長いから省略。

 君には“神様”でいいよ」


頭が追いつかない。

夢にしては、妙にリアルだ。


「……あの、これ、夢ですよね」


「そう言われると傷つくなあ。

 まあ、夢みたいなものではあるけど」


神様(仮)は、湯呑みを一口すすってから、事もなげに言った。


「君、過去に戻れるようになったんだ」


「……は?」


「正確にはね、過去の自分の身体に、今の意識が入る感じ」


「……えっと」


「タイムスリップとは違うから。

 世界線とか分岐とか、そういう面倒なのはなし」


説明が雑すぎる。


「ちょ、ちょっと待ってください。理由とか、条件とか……」


「あるよ。もちろん」


神様(仮)は、にっこり笑って言った。


「一回使うごとに、寿命が千日減ります」


「…………は?」


「まあ、簡単に言うと、やり直し一回につき、だいたい三年分カット」


「重すぎません?」


「重いよ。だから言ってるでしょ?」


なぜかドヤ顔だ。


「でもまあ、君の場合――」


神様(仮)は、僕を上から下まで眺めて、少しだけ楽しそうに続けた。


「どうせ、このままでも長生きしなさそうだし」


「失礼すぎません?」


「褒めてるんだよ。人生、無難に削ってきたって意味で」


……なんだこの神。


混乱しながらも、僕の頭の中にはひとつの考えが浮かんでいた。


――やり直せる。


受験も。

就職も。

恋愛も。


「……もし」


口を開く。


「もし、違う選択をしたら」


「うん」


「人生、変わりますか」


神様(仮)は、少しだけ間を置いてから言った。


「さあね」


「……え?」


「正解を選べば、うまくいくと思う?」


その問いに、なぜか胸がちくりと痛んだ。


「まあ、やってみなよ。寿命、減るけど」


そう言って、神様(仮)は立ち上がる。


「じゃ、僕はしばらく見学。結果が出たら、また呼ぶから」


「ちょっと!」


呼び止める前に、神様(仮)の姿は、ふっと消えた。


部屋には、僕ひとり。


――正解を選べば、人生はうまくいく。


今まで、ずっとそう思ってきた。


「……じゃあ」


小さく息を吸う。


「今度こそ、正解を選べばいいんだよな」


そのときの僕は、まだ知らなかった。


正解を選び続けることが、一番うまくいかない選択だということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る