第4話 冒険者ギルドは、騒がしくて、少し怖い

宿を出た時、剣の重さをはっきりと意識した。

 腰に下げた細身の両刃剣は、歩くたびにわずかに揺れる。その感覚が、これまでの人生では一度もなかった「役割」を突きつけてくるようで、無意識のうちに背筋が伸びた。

 通りを歩く人々の視線が、昨日までとは少し違う。誰もじっと見ているわけではない。だが、剣を持つ者として見られている気配がある。それだけで、自分がもう一般人ではないのだと理解させられた。

「……緊張するな」

 そう呟いた声は、やはり少し高い。だが、もう驚かない。その程度の違和感に立ち止まっていたら、何も進まない。

 目的地は冒険者ギルドだ。昨日教えられた場所を思い出しながら歩く。石造りの建物が見えた時、自然と足取りが遅くなった。入口の上に掲げられた紋章は、剣と盾を組み合わせた意匠で、主張しすぎないのに存在感がある。

 扉の前で、一度だけ深呼吸をした。

 剣を買った。

 名前も決めた。

 ここまで来て、引き返す理由はない。

 扉を押し開けると、空気が一気に変わった。

 酒の匂い、汗の匂い、鉄の匂い。複数の声が重なり合い、笑い声や怒鳴り声が入り混じる。想像していたよりもずっと騒がしく、雑多で、生きている場所だった。

 一瞬、圧倒される。

 中には、いかにも屈強そうな冒険者が何人もいる。鎧を着た者、傷跡を隠そうともしない者、剣や斧を無造作に立てかけている者。どの顔にも、余裕と荒さが同居していた。

「……場違い、だな」

 そう感じるのは仕方がない。今の自分は、剣を持っているとはいえ、まだ何者でもない。

 なるべく目立たないように、壁際を歩く。だが、それでも完全に無視されるわけではなかった。

「新顔か?」

「剣、初心者用だな」

「細いな……大丈夫か?」

 直接声をかけられるわけではないが、視線や小声が確かに飛んでくる。それだけで、胃の奥がきゅっと縮む。

 カウンターに辿り着くまでが、やけに長く感じられた。

 受付の職員は、落ち着いた雰囲気の女性だった。事務的だが、冷たくはない視線でこちらを見る。

「冒険者登録ですね」

「……はい」

 書類を受け取り、必要事項を記入する。名前の欄に、少しだけ手が止まったが、すぐに書いた。

 リリア。

 もう迷わない。

 登録を終え、簡単な説明を受ける。ランク制度、依頼の受け方、報酬の支払い。頭に入れながらも、意識の一部はずっと周囲に向いていた。ここは、油断すれば簡単に飲み込まれる場所だ。

「……それで」

 職員が、ふとこちらを見て言った。

「防具はお持ちですか?」

 一瞬、言葉に詰まる。

「……いえ」

 正直に答えると、職員は小さく眉をひそめた。

「剣だけだと、危険ですよ」

 その言葉は、責めるようでも、脅すようでもなかった。ただ事実を告げているだけだ。

「ギルド提携の防具屋があります。最低限の装備で良ければ、紹介しますが」

 断る理由はない。というより、断る余裕がない。

 案内された防具屋は、武器屋よりもさらに実用一点張りだった。革の匂いが強く、壁には地味な防具が整然と並んでいる。装飾品はほとんどなく、どれも使われる前提のものばかりだ。

 店主は、こちらを見るなり状況を察したようだった。

「初心者だな」

「……はい」

「なら、軽装だ。動けなくなる防具は、逆に死ぬ」

 差し出されたのは、革製の胴当てと簡易的な肩当て、肘と膝を守る革帯だった。見た目は地味で、正直頼りなくも見える。

「これで、守れますか?」

 思わず聞いてしまった。

「切り傷は多少な。刺されたら、運だ」

 はっきりとした答えだった。

 試しに装着する。思ったより動きやすい。だが、その軽さが逆に不安を煽る。

「……完璧じゃないんですね」

「完璧な防具は、高いか重い」

 その一言で、全てが納得できてしまった。

 値段は銀貨二枚。剣に続く出費としては痛いが、ここで惜しんで命を落とす方がよほど高くつく。

「……お願いします」

 防具を身につけ、再びギルドに戻る。剣と防具の重さが、身体にじわじわと馴染んでいく。

 職員がこちらを見て、小さく頷いた。

「準備、整いましたね」

「……最低限は」

「それで十分です。無理をしない冒険者ほど、長生きします」

 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。

 ギルドを出ると、昼の光がまぶしかった。剣と防具を身につけた身体は、確かに守られている。だが同時に、守りきれない現実も突きつけられている。

「……だから、慎重に、か」

 強くなったわけじゃない。

 ただ、危険な場所に足を踏み入れる準備をしただけだ。

 次は、依頼だ。

 小さな仕事でいい。

 生きて帰れる仕事を選ぶ。

 剣と防具の重さは、その判断を誤るなと、無言で教えてくれている気がした。

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