第4話 触れさせない

警報は、耳を裂くような音だった。


 赤いランプが回転し、天井のスピーカーから無機質な声が響く。


『隔離レベルAに移行。

 白石翼を確保せよ』


「……確保、って言い方」


 思わず呟いた私に、レイが笑う。


「優しいだろ。

 本音は“逃がすな”だ」


 床が震えた。


 通路の先、重たいシャッターが音を立てて閉まる。

 同時に、壁が開いた。


 黒い装備の人たち。

 顔はバイザーで隠れている。


 銃口が、一斉にこちらを向いた。


 息が止まる。


「レイ……」


「大丈夫」


 軽い声。


「君は、そこで立ってればいい」


 そう言って、私の前に一歩出る。


 背中が広い。

 さっきまで“幻覚かも”なんて思ってた人とは思えないくらい、現実的で。


『対象確認。

 非能力者は後方へ』


 命令が下る。


 次の瞬間。


 空気が、裂けた。


「――っ!」


 銃声より先に、

 “何か”が弾け飛ぶ音がした。


 見えない衝撃が、一直線に通路を薙ぐ。


 壁が削れ、床が抉れ、

 一人が吹き飛んだ。


「な……」


 声が出ない。


 レイは、ただ指を鳴らしただけだった。


「忠告、聞かなかったな」


 切れ長の目が、細くなる。


「その子に銃向けるなって言っただろ」


 今度は、はっきり見えた。


 レイの周囲、

 空間そのものが歪んでいる。


 人が近づこうとすると、

 見えない壁に叩きつけられる。


『能力確認。

 空間干渉系――』


 途中で、通信が途切れた。


 レイが一歩踏み出す。


 それだけで、

 相手の足元が崩れ落ちる。


「能力っていうかさ」


 振り返りもせずに言う。


「俺は“君の外側”全部を、

 都合よく書き換えられるだけ」


 意味が、怖すぎた。


 兵士の一人が、強化弾を撃つ。

 レイに向かって。


 でも――


 当たらない。


 弾は、レイに触れる直前で、

 軌道をねじ曲げられ、天井に突き刺さった。


「無駄」


 レイが、ゆっくり首を傾ける。


「君たちが今立ってる場所、

 もう“安全な現実”じゃないから」


 次の瞬間。


 床が、消えた。


 正確には、

 存在していないことにされた。


 悲鳴と一緒に、

 数人が下へ落ちていく。


 私は、思わずレイの服を掴んだ。


「レイ……!」


「ん?」


 振り向いた顔は、余裕そのもの。


「怖い?」


「……うん」


 正直に言った。


 だって、これは――


「そう」


 レイは、少しだけ口角を上げる。


「それでいい」


 私の額に、指が触れる。


 軽く、弾くみたいに。


「君は怖がってて。

 代わりに、世界を怖がらせるのが俺の仕事」


 また銃声。


 今度は、私のすぐ横を掠める。


 反射的に身を縮めた、その瞬間。


 時間が、止まった。


 いや。


 正確には、

 私の周囲だけ、切り取られた。


 銃弾が、空中で静止している。


「触れるな」


 レイの声が、低く響く。


「その子は――」


 レイが、振り返る。


 バイザー越しでも分かるほど、

 相手が怯んだ。


「俺のだ」


 次の瞬間、

 世界が、元に戻る。


 でも、敵だけが――


 崩れ落ちた。


 私は、膝が笑うのを必死で堪えた。


「……これ、やばくない?」


 震える声で言うと、

 レイが、楽しそうに笑った。


「今さら?」


 そして、耳元で囁く。


「言っただろ。

 君を守る時だけは、

 俺、加減しないって」


 その言葉が、

 なぜか一番、安心できた。

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翼が開く時 みにとまと @minitomato1023

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