第3話 凍結対象

その日は、最初からおかしかった。


 訓練室に呼ばれなかった。

 代わりに通されたのは、白くて狭い個室。

 椅子が一脚と、正面のガラス越しに三人の大人。


「白石翼」


 名前を呼ばれた瞬間、背筋が伸びる。

 反射みたいなものだ。


「本日をもって、あなたの長期観測を終了します」


「……え?」


 終了、という言葉がうまく頭に入らない。


「能力発現の兆候なし。

 精神負荷による幻聴の可能性。

 これ以上の訓練は逆効果と判断されました」


 幻聴。


 胸の奥が、ひくりと動いた。


「えっと、それって……」


「処分ではありません」


 即座に訂正が入る。

 でも、声は事務的だった。


「保全凍結です。

 身体活動と脳活動を最低限に抑え、

 将来の研究対象として保存します」


 保存。


 言葉だけ聞けば、丁寧だ。


「……つまり」


 喉が乾く。


「私は、どうなるんですか」


「眠るだけです」


 女の人が、微笑んだ。


「起きるかどうかは、未定ですが」


 世界が、音を失った。


 眠る。

 起きないかもしれない眠り。


 それは、生きているって言うの?


「家族は?」


「すでに同意を得ています」


 胸の奥に、鈍い穴が開いた。


 ああ、そうか。

 みんな、悪くない。


 合理的で、正しくて、

 私だけが――


『……やっとか』


 声。


 今度は、はっきり。


「……レイ?」


 思わず口に出した私を見て、

 大人たちが視線を交わす。


「今、誰かと話しましたか?」


 答えられなかった。


 だって。


 ガラスの向こうじゃない場所に、

 人影が立っていたから。


 白い壁にもたれて、腕を組んでいる。

 茶色の髪、背が高くて、

 切れ長の目が、つまらなそうに細められている。


 ――ありえない。


(なにこれ)


 心臓がうるさい。


(私の妄想、ここまで来た?)


 しかも。


(……顔、良すぎない?)


 思わず、乾いた笑いが漏れた。


「はは……」


 自分でも引く。


「人生終わる直前に、

 超絶イケメン幻覚とか、

 私どんだけ救い求めてるの」


 レイが、肩をすくめた。


「ひどいな。本人目の前にして」


「え」


「しかも“幻覚”扱い」


 ちゃんと、口が動いている。

 声も、響いている。


 ――見えてる。


 本当に。


「……レイ?」


「やっと既視化完了」


 楽しそうに言う。


「おめでとう、翼。

 君、今からここにいると死ぬ」


 背筋が凍る。


 ガラスの向こうの大人たちは、

 私を見て何か話している。

 でも、声が遠い。


「冗談……だよね」


「冗談ならいい」


 レイは、私の方を見た。


 真っ直ぐ。

 逃げ場がないくらい。


「でも君、

 もう“保護対象”じゃない」


「……凍結、って」


「殺さない言い方を選んだだけ」


 淡々。


「ここはね、

 守る場所から、保管する場所に変わった」


 足が、震える。


「じゃあ……」


「選択肢は一つ」


 レイが、私に手を差し出す。


「外に出る」


 その手は、現実だった。

 影もあるし、温度も――


「待って」


 頭が追いつかない。


「私、まだ……

 出たいって、そこまで――」


「知ってる」


 遮られる。


「だから今まで待った」


 少しだけ、声が低くなる。


「でも、

 今は“出たいかどうか”の話じゃない」


 レイは、笑った。


 ドSで、余裕で、

 でも――


「ここに残ると、

 君は“何も考えないまま終わる”」


 胸の奥が、ざわつく。


 私は、ただの無能で、

 役に立たなくて、

 でも。


 眠らされて、

 世界から消えるのは――


「……やだ」


 小さな声。


「それ」


 レイが、満足そうに言った。


「その感情が、

 君の一番の才能」


 警告音が鳴り始める。


 赤いランプが、激しく点滅した。


「時間切れ」


 レイの手が、強くなる。


「翼」


 逃げる準備も、

 覚悟もない。


 それでも。


「迎えに来た」


 ――私は、その手を掴んだ。

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