第2話 逃げない子

 警告音は、思っていたよりもあっけなく止んだ。


 けたたましいサイレンが鳴り続ける未来を想像していた私は、拍子抜けしてベッドの上で固まったまま、天井を見上げていた。


 監視カメラの赤いランプは、まだ点灯している。

 なのに、誰も来ない。


「……これ、余計に怖いんだけど」


『だろうね』


 即答だった。


 声は相変わらず、頭の中でも耳元でもない。

 胸の奥に、居座っている。


『でも安心して。

 今、君の部屋は“見えない”』


「……それ、国家レベルでアウトじゃない?」


『だから迎えに来た』


 さらっと言う。

 罪悪感のかけらもない。


 私はベッドから降り、床に裸足をつけた。

 冷たい。


「ねえ」


『なに』


「……あなた、誰」


『レイ』


 一拍。


『それで十分でしょ』


 名前だけ。

 それ以上は渡さない、という態度。


 私は小さく息を吐いた。


「ずいぶん偉そう」


『偉いからね』


 否定しないのか。


 思わず、口元が少しだけ緩む。

 こんな状況なのに、腹が立つより先に、呆れが来る。


「で、そのレイさんは、

 どうやって“迎えに来た”わけ?」


『君の中にいる』


「最悪の答えきた」


『安心して。

 勝手に入ったわけじゃない』


 その言い方が、引っかかった。


「……どういう意味」


 少し間があって、レイは言った。


『君が呼んだから』


「呼んでない」


『毎日呼んでた』


 淡々と。


『ここじゃないって。

 誰か来てっ、

 迎えに来てって』


 胸の奥が、ちくりと痛む。


 あれは独り言だ。

 妄想だ。

 誰にも聞かれていないはずの――


「……盗み聞き趣味?」


『失礼だな。

 あれは“能力”』


 能力。


 その単語に、体が強張る。


「私、無能力だけど」


『違う』


 即答。


『君は、

 “作る”』


「……なにを」


『欲しいもの』


 言い切りだった。


 冗談を言っている声じゃない。


「イケメンとか?」


 試すように言う。


『ああ』


 さらっと肯定。


『そのくらいなら、簡単』


 心臓が、変な音を立てた。


「……引かないの?」


『なんで』


「普通、馬鹿にするでしょ」


『しない』


 少しだけ、声が低くなる。


『君が欲しがったものは、

 全部“正解”だから』


 それは、

 今まで誰にも言われなかった言葉だった。


 私は無意識に、前髪を指で押さえた。

 視線を隠す癖。


「……もし、外に出たら」


 喉が乾く。


「後悔するかもしれない」


『しない』


 断言。


「私、何もできないかもしれない」


『できる』


「世界が、怖いかもしれない」


『それはそう』


 あっさり認める。


『だから――』


 少し、間。


『俺がいる』


 その言葉は、甘くなかった。

 でも、揺るぎもなかった。


「……逃げたくなったら?」


 私がそう聞くと、レイは笑った気配を出した。


『君は逃げない』


 静かに、決めつける。


『だから呼んだ』


 背中が、ぞくりとする。


 優しくない。

 選択肢もない。


 なのに。


「……ほんと、最悪」


 そう言いながら、私は気づいていた。


 胸の奥で、

 何かが、確かに動き始めていることに。


 監視カメラの赤い光が、

 一瞬だけ、揺れた。

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