翼が開く時

みにとまと

第1話 声がした


 私の家族は、全員が特別だ。

 炎を操る者、他人の思考を読む者、未来の断片を見る者。

 どの能力も、国家にとっては喉から手が出るほど欲しいものらしい。


 だから私たちは、守られている。

 ――そういうことになっている。


 分厚い壁と、常に赤く点灯している監視カメラの下で。


 この隔離施設で暮らす私たちは、「保護対象」だ。

 世界から危険を遠ざけるため。

 同時に、危険から世界を遠ざけるため。


 その中で、私は唯一の例外だった。


「白石翼。今日も反応なし、か」


 訓練室で、白衣の男が端末を見ながら呟く。

 私は両手を広げ、指先に意識を集中させていた。


 何も起きるわけがないでしょ。


 風も、光も、声すら。


 ガラス越しに映る自分の姿が、視界の端に入る。

 肩につかない黒髪。前髪は少し長くて、目にかかっている。

 感情が薄そうな顔。卑屈な性格ゆえ、自分の美しさに自覚はない。

 能力者の血を引いているようには見えるらしい。


「もう一度だ。次は感情を強く動かせ」


 感情、か。

 そう言われて動くなら、私はとっくに能力者になっている。


 ――外に出たい。

 ――空を見たい。

 ――ここじゃない場所に行きたい。


 それでも、何も起きなかった。


「……今日もダメね」


 家族の誰かが、困ったように笑う。

 責めてはいない。

 ただ、諦めきれないだけだ。


 能力者の家系に、生まれ落ちた“何も持たない子”。

 必ず何かあるはずだと、毎日こうして「訓練」が続く。


 私は仕方なく頷いて、言われた通りにする。

 だって、それが私の役割だから。


 夜。

 個室に戻り、ベッドに横になる。


 天井の隅にも、小さなカメラ。

 目を閉じても、見られている感覚は消えない。


 だから私は、心の奥に小さな逃げ場を作った。


 テレビの中の世界。

 笑う俳優、整った顔、自由に歩く人たち。


(あーあ……)


 心の中で、ため息をつく。


(誰か、迎えに来てくれないかな)


 ここから連れ出してくれる、イケメン。

 強くて、優しくて、私だけを見てくれる人。


 ――馬鹿みたい!妄想しても仕方ない。

 でも、それくらいしか楽しみがない。


『理想、高すぎ』


 不意に、声がした。


 耳元じゃない。

 頭の中でもない。


 胸の奥。

 ずっと触れられなかった場所から、直接。


「……え?」


 体を起こす。

 部屋には、私一人。


 監視カメラのランプは、いつも通り赤い。


『そんな顔で諦めるくせに、

 妄想だけは一人前だよね』


 少し、笑う気配。

 からかっているのに、どこか落ち着いた声。


「……気のせい。疲れてるだけ」


『残念』


 即答。


『君が一番ほしいもの、

 ちゃんとわかってる』


 心臓が、一拍遅れて跳ねた。


「……誰」


『まだ名乗らない』


 間を置いて、低く続く。


『君が逃げないって、確信できるまでは』


 ぞくり、と背中が冷える。


 声は優しい。

 でも、逃がす気がない。


『安心して、翼』


 初めて、名前を呼ばれた。


『俺は君にしか興味ない』


 息が詰まる。


 問いかける前に、部屋の空気が、ほんの少しだけ歪んだ。


『迎えに来た』


 その瞬間。

 天井の監視カメラが、一斉に警告音を鳴らしたことを、

 私はまだ知らなかった。

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