第9話 選択の重さは、数字では測れない
報告は、簡潔だった。
――復興作業区画にて、作業指揮の一部を民間に委託。
――指揮責任者、元労働志願者・ラウル。
紙面に並ぶ文字は、問題を含んでいない。
むしろ、合理的に見えた。
ラウル。
俺が最初に救った若い労働者の一人だ。
瓦礫に脚を挟まれ、治癒魔法を優先的に受け、生き延びた男。
その後、誰よりも現場に出た。
人手が足りないとき、真っ先に手を挙げた。
体力が落ちた者の代わりに、重い荷を担いだ。
結果として、周囲の信頼を集めた。
信頼は、権限に変わる。
「……指揮権を渡したのは、誰の判断だ」
俺は、下級官に尋ねた。
「あなたの定めた手続きに従ってです」
返答は、正しい。
復興官個人への依存を避けるため、現場の権限を段階的に分散する。
その一環として、現場責任者を現地から選ぶ。
俺が決めた制度だ。
「問題は」
「苦情が出ています」
下級官は、言いにくそうに続ける。
「作業配分が、厳しすぎると」
◇
現場は、整然としていた。
作業の流れは明確で、無駄がない。
瓦礫の撤去速度は、以前より上がっている。
ラウルは、区画の中央で指示を出していた。
日焼けした顔。引き締まった体。
目には、迷いがない。
「復興官殿」
彼は、俺を見ると一礼した。
「状況は、見ての通りです」
「見ている」
俺は、周囲を一瞥した。
労働者たちは、黙々と作業を続けている。
誰も、不満を口にしない。
口にできない、のかもしれない。
「苦情が出ている」
俺は、直接言った。
ラウルは、少しだけ眉をひそめた。
「……楽な仕事ではありません」
「それは、誰でも知っている」
「ですが」
彼は、言葉を続ける。
「この街は、楽をして立ち上がったわけではない」
正論だ。
「体力の落ちた者を、休ませています」
「代わりに、誰が負担している」
ラウルは、少しだけ視線を逸らした。
「……動ける者です」
その答えも、正しい。
だが――
「切り捨て線は、どこに引いている」
俺がそう言うと、空気が変わった。
ラウルは、俺を見返した。
「あなたが、教えてくれた通りです」
胸の奥が、ひやりとした。
「救える数を最大化する。そのために、負担を集中させる」
俺の言葉だ。
俺の判断だ。
「動けない者は、後回しにしています」
ラウルは、淡々と続ける。
「今、止まるわけにはいかない」
◇
苦情の主は、夕方になって現れた。
痩せた青年だった。
顔色が悪く、目の下には隈がある。
「復興官殿……」
声は、震えていた。
「作業が、厳しすぎます」
「具体的に」
「休みが、ありません」
青年は、視線を落とす。
「倒れた者が、戻ってきます。休めと言われても……戻らないと、配給が減る」
俺は、息を吐いた。
「誰が、そう言った」
「……ラウルさん、です」
◇
俺は、ラウルを呼び出した。
執務所で、向かい合う。
「事実か」
ラウルは、即答しなかった。
「……言い方の問題です」
「違う」
俺は、遮った。
「事実かどうかを聞いている」
沈黙。
やがて、ラウルは頷いた。
「事実です」
彼は、拳を握りしめる。
「だが、必要でした」
「誰にとって」
「街にとってです」
俺は、ゆっくりと尋ねた。
「君は、誰を救っている」
ラウルは、答えに詰まった。
「街です」
「人じゃない」
その一言で、彼の顔が歪んだ。
「……人を救うために、街を救っているんでしょう」
「順番が逆だ」
俺は、静かに言った。
「街は、人の集まりだ」
ラウルは、唇を噛んだ。
「あなたが、教えた」
彼は、声を荒げる。
「迷っている暇はない。選ばなければ、もっと死ぬ」
その言葉に、俺は何も言い返せなかった。
確かに、俺が教えた。
◇
夜、現場で倒れた者が出た。
青年だった。
名前は、さきほど来た苦情の主。
医師の報告は、短い。
「過労です。命に別状はありませんが、当分は……」
当分は、動けない。
つまり、切り捨て線の外に出る。
ラウルは、俯いたまま立っていた。
「……俺は、間違っていたのか」
俺は、すぐに答えなかった。
正しさは、単純ではない。
「君は、正しくやろうとした」
それは、事実だ。
「だが」
言葉を続ける。
「正しさを、数字だけで測った」
ラウルは、顔を上げた。
「あなたも、そうしてきた」
「してきた」
否定しない。
「だから、言える」
俺は、彼を見据えた。
「それは、必ず歪む」
◇
翌日、俺は通達を出した。
――現場責任者の判断、再審査。
――労働配分に、上限と休養規定を追加。
数字は、少しだけ悪化する。
復興速度は、落ちる。
だが、倒れる人間は減る。
ラウルは、責任者の座を退いた。
罰ではない。
再教育だ。
彼は、最後に俺に言った。
「……あなたは、強い」
俺は、首を横に振った。
「違う」
強いのは、判断じゃない。
耐えることだ。
夜、執務所で一人、進捗表を見つめる。
数字は、すべてを語らない。
だが、数字を無視することもできない。
選択の重さは、数字では測れない。
それでも、数字を使って判断しなければならない。
その矛盾を抱えたまま、
俺は、次の線を引く。
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