第7話 誰かの犠牲で、街は立ち上がる

復興は、数字として現れた。

 瓦礫撤去率、七割。

 井戸稼働数、三区画すべてで回復。

 仮設住居、百二十棟完成。

 執務所の壁に貼られた進捗表には、久しぶりに“赤字ではない数値”が並んでいる。下級官たちの表情も、心なしか明るい。夜明け前から働き詰めだった人間が、ようやく一息つける段階に入った証拠だ。

「……街が、立ち上がってきています」

 復興責任者が、そう言った。

 声には、確かな実感があった。

 俺は頷いた。

 否定できない。

 結果は出ている。

 強制労働を導入してから、作業効率は飛躍的に上がった。逃げない人間は、休まない。命令を疑わない人間は、工程を乱さない。

 秩序は、確かに保たれている。

「視察が入ります」

 別の官吏が告げる。

「王都から。復興の進捗を確認したいと」

「……そうか」

 来るだろうとは思っていた。

 成果が出れば、必ず“見に来る者”が現れる。

 ◇

 視察団は、午後に到着した。

 馬車から降りてきたのは、王都の官僚と、地方貴族、それに記録係の書記。皆、整った衣服を身にまとい、瓦礫だらけだった道を見て驚いたように目を見開く。

「これは……」

「想像以上ですね」

「短期間で、よくここまで」

 賞賛の言葉が、軽く飛び交う。

 俺は、先頭を歩きながら説明を続けた。

「こちらが復旧した井戸です。水質検査も問題ありません。疫病の兆候は消えています」

「素晴らしい」

 官僚が、満足そうに頷く。

 次に案内したのは、仮設住居の区画だった。簡素だが、雨風を防ぐには十分だ。子供たちが走り回り、久しぶりに笑い声が聞こえる。

「……街が、生き返っている」

 誰かが、感慨深そうに呟いた。

 その言葉は、正しい。

 だが、すべてを見ているわけではない。

 ◇

 視察の途中、俺は意図的に進路を変えた。

「こちらも、ご覧いただきたい」

 官僚が首を傾げる。

「その先は……」

「復興作業区画です」

 案内したのは、強制労働が行われている区域だった。

 柵の向こうで、人々が瓦礫を運んでいる。痩せた身体。くすんだ目。監視の兵士が、一定の距離を保って立っている。

 視察団の空気が、一瞬で変わった。

「……これは」

「労働編成の一部です」

 俺は、淡々と説明する。

「軽犯罪者と流民を対象に、一定期間の作業を義務付けています。対価として、食料と医療を保障しています」

 官僚は、言葉を探すように口を開いた。

「法的には……」

「臨時判断権の範囲内です」

 視察団の中に、露骨に眉をひそめる者がいた。

 だが、誰も声を上げない。

 なぜなら――

 この労働の成果が、街を立ち上がらせていることを、彼らはすでに見てしまったからだ。

「……必要な措置、というわけですね」

 地方貴族が、そう言った。

 必要。

 便利な言葉だ。

 ◇

 その日の夜、難民キャンプで小さな集まりがあった。

 祈祷所の前ではない。

 配給所の裏だ。

「聞いたか」

「王都の偉い奴らが来てたって」

「街は助かったらしいな」

 人々の声は、抑えられている。

「……じゃあ、あいつらは」

 視線が、復興作業区画の方へ向けられる。

 誰も、名前を出さない。

 だが、全員が同じことを考えている。

 あの犠牲は、必要だったのか。

 俺は、少し離れた場所から、その様子を見ていた。

 誰も俺に気づかない。

 それでいい。

 復興が進めば進むほど、俺は前に出るべきではなくなる。

 ◇

 三日後、また死者が出た。

 強制労働区画で、倒れた男だ。

 名前は、前と同じく帳簿の端に記される。

 医師の報告は、短かった。

「過労です。栄養状態も悪かった」

「……そうか」

 俺は、書類を閉じた。

 復興は進んでいる。

 だが、犠牲は終わっていない。

 その夜、エルネスト司祭が執務所を訪れた。

「街は、確かに立ち上がっています」

 彼は、静かに言う。

「ですが、その土台に、血が混じっている」

「否定しない」

 俺は、正直に答えた。

「あなたは、恨まれます」

「もう、恨まれている」

 エルネストは、少しだけ笑った。

「それでも、止めないのですね」

「止めれば、もっと死ぬ」

 それだけだ。

「……あなたは、誰にも感謝されない」

 俺は、机の上の進捗表を見た。

 数字は、正直だ。

「街が残れば、それでいい」

 エルネストは、何も言わなかった。

 ◇

 数日後、王都から正式な通達が届いた。

 ――本区域の復興計画、成功例として記録。

 ――同様の手法を、他地域にも適用することを検討。

 紙を持つ手が、わずかに震えた。

 成功例。

 俺の判断が、制度になる。

 他の場所でも、同じ犠牲が出る。

 街は、確かに立ち上がった。

 誰かの犠牲で。

 だが、これから先――

 その犠牲は、俺の手を離れて増えていく。

 俺は、ようやく理解した。

 自分は、街を救ったのではない。

 やり方を作ってしまったのだ。

 それでも、後戻りはできない。

 立ち上がった街は、倒すわけにはいかない。

 だからこそ、次の判断は、もっと重くなる。

 誰かの犠牲で立ち上がった街を、

 どうやって“犠牲なし”に近づけていくのか。

 それが、次の戦場だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る