第8話 勇者じゃないよ、シンシアさん

 円盾は破壊されてしまったが、一緒に吹き飛ばされたランタンは無事だった。

 割高でも道具はプロの店に限ると思いつつ、それを拾いあげ、シンシアは少年たちのもとへと急いだ。走力バフの効果により、巨大ミミズもすぐには反応できない。


「剣士さんはこのランタンを持って、この横穴から離れないで。魔道士さん、あちらとそちら。二箇所の横穴の側で、このお香を『点火イグニッション』で焚いてください。時間がないので説明は後です。急いで!」


 少年はランタンを持たされ呆気に取られているが、少女の行動は早かった。

 受け取った巻き物スクロールと魔物よけを持って、迷いなく走り出す。すでに一箇所目の横穴で煙が立ち昇っている。


「よし。私も行きます」


「ちょ、ど、どうしてそんなに冷静なんですかっ」


 戸惑う少年にシンシアは言う。


「腹くくった女は強いんですよ」


 ウィンクをひとつ。

 シンシアは少年のまえから、霞のように消えた。


「点火!」「点火!」「点火!」


 シンシアは合計で六つの横穴を魔物よけの香で塞ぐと、あえて巨大ミミズの正面へと飛び出した。


 凶悪なモンスターほど、一度仕留めそこなった人間のニオイはどこまでも追ってゆく。

 しかも周囲で嫌いなニオイが立ち込め、横穴には入りたくない。

 唯一飛び込めそうな縦穴のまえには、あの人間シンシアが待ち受けている——一石二鳥という言葉を知ってか、知らずか。

 巨大ミミズはシンシアに向かって、突っ込んでくる。

 全速力で穴から這い出し、ようやくその全容をあらわにした。


「報告すれば余計に仕事が増える緊急クエにA+モンスター? まったく出張手当だけじゃ割りに合いませんよ」


 ブツブツと愚痴をこぼしながら、トランクから取り出した水筒に毒々しい色をした鉱石をガラガラと放り込む。

 さらに飲み口を巨大ミミズのほうへ向けると、さっきまで居た縦穴の際に立った。


 猛烈な勢いで直進してくる巨大ミミズの勢いは止まらない。

 今度衝突すれば、さすがにただでは済まないだろう。


 激突まで、3、2……。


「本当は退治してハッピーエンドなんでしょうけど、お生憎さま。私、冒険者じゃないの」


 1……。


「きっと勇者とか英雄とか、もっとふさわしいひとがあなたを倒すわ。だからそれまで」


 ゼロ!


「お達者で。『加熱ヒート』」


 シンシアが指を鳴らした瞬間に、水筒から熱湯と共に水蒸気が吹き出した。

 爆発的な勢いのそれを浴びた巨大ミミズは、シンシアを喰らおうとした寸前にたまらず仰け反った。聞いたこともないような叫び声を上げると、大木のような胴体は、すぐそばに空いている縦穴へと逃げ延びてゆく。

 その巨体は十階層の底をぶち抜き、暗い奈落へと消えていった——。




 ****



「ダンジョンが掘った穴を利用して、ミミズが冒険者を食べてたってことぉ?」


 出張を終えたシンシアが報告書を書いていると、例の同僚が覗き込んできた。


「ダンジョンがミミズを利用したとも考えられるわね」


「どっちにしても、理由が分かって良かったじゃん。やったね」


 すると背後に巨大なオークの——もとい査定局長の影が。


「良くはない。西地区の脅威度を上げねばならんし、緊急のS級クエストの発注だ」


「おかげで朝からうちの局長が泡吹いてますぅ」


「まあ、サブマスが未達クエストの依頼主を集めて言いくる——説得したからこそ、緊急クエも見通しが立ったんだがな」


 さすがサブマスター。

 どこからともなく、そんな言葉が聞こえる。


「とにかく『穴掘り野郎ディグ・ストーカー』の案件は、うちの手を離れた。君は通常勤務に戻ってくれ。以上」


 名前持ちネームドとなった巨大ミミズの話をするとき、シンシアは思い出す。

 報告書に書かれていない、ふたりの少年少女のことを。


 ふたりの戦いは、冒険者の多くがそうであるように、英雄譚として後の世には残らない。

 それでも、彼らの物語はまだ続いてゆく。


 シンシアはそんな彼らを支えるギルド職員という仕事が案外気に入っていた。

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ギルド職員シンシアさんの業務日報 真野てん @heberex

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