第5話 人命救助だよ、シンシアさん

 ダンジョンに入ってからのシンシアの行動は素早かった。

 身体強化のバフの効果もあるが、脳内にあるマップのデータと現状の照会に迷いがなく修正も的確である。

 周囲には、戦闘中の冒険者パーティもいたが、戦っているモンスターはいずれもCから強くてもB+といった脅威度だ。

 低階層に出現する魔物としては妥当である。


 シンシアは一階層から四階層までを一気に駆け抜け、三十分ほどで五階層に到達した。

 ここでちょっと私的な探索が始まる。

 昼休憩なので労働時間外なのだ——というのは彼女の見解である。


 そう。

 どこかの冒険者が風呂にしたという湧き水の沢である。

 普段、外風呂など滅多に行かないので湯船に肩まで浸かってくつろぐという体験をしてみたかったのだ。しかもダンジョンというシチュエーションにちょっと興奮する。

 誰かに見られるかもしれない。変な扉が開きそう——。


「確かこの辺に——」


 彼女の記憶が確かならば、沢は目の前の岸壁を登ったところにあったはず。

 階層を下に降りることはあっても、岩肌を登るという発想がない冒険者には決して見つけられない場所である。


「なんだこれ」


 岸壁を登り切ったシンシアのまえに現れたのは、大きな縦穴だった。

 しかも階下へと貫通しているようで、ダンジョンの内部から押し出された風が天井へと吹き抜けていく。

 確かに岩肌からチョロチョロと湧き水が染み出しおり、この穴もどこか沢に見えなくもない。

 だとすればかつては沢が存在したが、いまは底が抜けてただの縦穴に。


「トラップね——」


 そう判断したシンシアは脳内でマップを修正すると、トランクから水筒を取り出した。

 名残惜しそうに岩肌から染み出した湧き水を回収して、仕事に戻ることに——。


「……なにか……聞こえる?」


 強化した聴力が吹き上げる風に乗ってここまで届いた、何かを捉える。

 それは動物の鳴き声のようでもあり、モンスターの叫び声のようでもあった。


「違う、ひとの声だ。遭難してる!」


 しかも救助要請と確信したシンシアは、トランクから水筒と入れ替わりに一枚の巻き物スクロールを取り出した。


「『空中浮遊レビテーション』」


 トリガーを発して素早く指を鳴らす。

 その次の瞬間には、縦穴へと飛び込んでいた。


 階下へと自然落下してゆくシンシアの身体は、しかし徐々にそのスピードを緩めていた。

 空中浮遊は、魔法使いが魔道書を空中に浮かべるために覚える初級の魔法である。だが構文の効率化や効果範囲の指定を工夫すると、こうした芸当が可能になる。


 六階、七階、八階と。

 まるで綿毛を飛ばすかのようにふわふわと落下してゆくシンシア。

 この間、数分と掛かっていない。

 九階の地盤も階下へとくり抜かれており、当初シンシアが予定していた「十階層まで二時間」を大幅に更新してしまった。


「……見つけた」


 十階層にも深い縦穴が空いていたが、貫通してはいなかった。

 代わりにその底には、二人分の人影が見える。


 シンシアは縦穴の側に降り立つと、底に向かって声を掛けた。


「ギルド職員でーす。『飛行フライ』を持って来ていないので、ロープを下ろします。ジッとしててくださいねー」


 彼女は背負っているトランクからロープを取り出すと、近くにあった頑丈そうな岩にくくり付けた。念の為、『固定ロック』の巻き物を使うが、予想外の出費に顔をしかめた。


「あ、あのー! け、怪我しててー! 登れないかもー!」


 年若い男の声がする。

 シンシアは「やれやれ」と頭を振って、自らロープを伝い、縦穴の底へと降り立った。

 するとそこには予想通り、まだ子供と呼んでもおかしくない二人組がいた。


 ひとりは剣を持った少年。

 ひとりは魔道書を抱えた少女。


 シンシアは彼らに、魔物よけの香がするランタンの光を向けると「もう大丈夫ですよ」と笑い掛けた。

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