第4話 ダンジョンだよ、シンシアさん

 勤務地から一日半掛けてシンシアが訪れたのは、西地区ダンジョンと呼ばれる地面に空いた巨大な大穴だった。


 冒険者がダンジョンに挑戦する目的は様々だが、彼らを相手に商売をする店も現地にはたくさんある。

 地表にぽっかりと空いた穴の入口に、フジツボかサンゴのように密集したいちが立つ。

 それもうひとつの町であり、人間の生活圏として機能していた。


 関所を抜け、馬車から降りたシンシアが最初に向かったのはギルドの出張所だ。

 私服のスカート姿から、動きやすいトラウザーへと着替えるためである。腰には革製のコルセットを巻き、腰裏に短剣を差すと、仕事鞄のトランクをリュックのように背負った。


「あ、これ借りてきますね?」


 更衣室に転がっていた円盾まるたてを左腕に装着する。

 そして出張所から出て、防寒着を羽織らず、震える身体で真っ先に訪れたのは『バフ屋』の看板が掛かった店だった。


「久しいな、お嬢ちゃん。仕事かい?」


 全身にタトゥーの入った老人がシンシアを出迎え、優雅に長煙管ながキセルをくゆらせていた。

 たぶんイケない葉っぱだと思うが、彼女はあえてツッコまない。

 シンシアは軽く会釈をすると、矢継ぎ早に注文する。


「体温維持と全身の筋力強化、骨格強化。あと十層まで二時間で行きたいから走力強化を。視力と聴力は効き過ぎない程度上げてもらって、それから……」


「肺と心臓は?」


「お願いします」


 プロ同士の「皆まで言うな」感の漂うやり取りにお互いニンマリだ。

 近頃は雑なバッファーと本物を知らない冒険者わかぞうが増えた、と店主はシンシアにオーダー通りの強化魔法を掛けながら愚痴をこぼした。

 大変ですね——と社交辞令的な返しをすると彼女は「領収証はギルドで……」と呟いた。


 バフを掛けた後は、レンタルのランタン屋に顔を出す。

 ここも料金は割高だが、道具の品質は信頼できる数少ない良店だった。


「手持ちと腰提げをひとつずつと——」


 ゴゴゴゴゴ……。

 シンシアが注文をしていると、地面が揺れた。店内に吊ってあるランタンもまるで振り子のようだ。


「最近多いね」


 店主はランタンの揺れを止めながらそう言った。


「地震ですか?」


「うん。秋の終わり頃かな。頻発するようになったのは」


「そう、ですか……」


 シンシアは顎に手を当てて、考えを巡らせる。

 秋の終わり頃といえば、ダンジョンからの帰還率が悪くなった時期と重なる。


「あとはいいかい?」


「あ、それとA級特効の魔物よけをすこし多めに」


「A級? 深層階まで潜るのかい?」


「いえ調査なので、とりあえず十層まで。走力バフを掛けたので、よほどの敵以外は逃げ切れるかなと」


「ほっ! 相変わらず、すげえな嬢ちゃん」


 通常、強いモンスターほど人間との戦いは避けるため低層階には出て来ない。

 なので彼らの嫌うニオイの香を焚けば、低階層での遭遇率はほぼゼロに近くなる。

 一方で、その香は中級以下の脅威度を持つモンスターにはほぼ効果がないので、低層階で使うメリットはあまりない。


「ん? これは……『加熱ヒート』の魔石ですか?」


 陳列棚の隅のほう。

 一際、目に入る毒々しい色の石ころがザル一杯に盛られている。店主は「ああ」と苦々しくそれを見つめた。


「どっかの冒険者が魔石使って、五層にある湧き水で風呂沸かしたなんて話をしてやがってさ。一儲け出来るかと仕入れたんだが、全然流行りゃしねえ!」


 五層の湧き水と言えばシンシアも覚えがある。

 あの沢に石で囲って小さな湯船を作るのか。で、『加熱』で温めて——いいな。


「それください」


「え? マジで? けっこうするよ?」


「ギルドで領収書を——」


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