「善良」(1話完結・短編)

ナカメグミ

「善良」(1話完結・短編)

 眠りたい。眠れない。食べたい。食べられない。死にたい。死ぬのが怖い。

漆黒の真夜中の闇。ベッドの中。大いなる自己矛盾のループ。

 白い錠剤を1粒。眠れることを祈って口にする。知ってる。おそらく眠れない。減薬中だ。寝返りを打つ。同じ失敗は許されない。二度と。

 気分を変えなければ。再び寝返りを打つ。チェンジ。


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 人間は社会の中で生きる。生きることを強いられる。あらゆる場で求められるのは「普通」、更に「善良」であることだ。

 

 善良な娘。善良な会社員。善良な妻。善良な母親。善良なママ友。善良な近所の人。善良な買い物客。善良な患者。善良な付添人。エトセトラ。


 あらゆる場が円滑に進むからだ。学校という枠の中で「善良」からはずれた言動を取ると、「モンスターペアレント」。買い物の場で「善良」の枠から外れると、「カスハラ(カスタマーハラスメント)客」。病院で何かを言えば、「モンスター患者」。

 「普通」や「善良」からはずれた場合の言葉が、次々と誕生するから、「普通」や「善良」の幅もどんどん狭まる。


「普通」。「善良」。ここからはずれたものは、ひたすら、生きにくい。



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 ベッドから跳ね起きる。ダメだ、こりゃ。また無駄なこと、考えてる。無駄な頭、使ってる。

 前と同じ失敗を繰り返す前に、現実的な対処を。スマホを手に手に取る。ページを開く。メールを打ち込んだ。


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 南北線・地下鉄すすきの駅の地下改札口を出た周辺。同窓会や久しぶりの友との再会などの待ち合わせは、昔から、ここだった。当時はヨークマツザカヤといったが、今はCOCONO SUSUKINO(ココノススキノ)というそうだ。地下からの入口周辺も、随分垢抜けた。待つ。来た。青年。希望どおりのイメージだ。

 

 髪の毛。金髪のメッシュ。耳にピアス。首にゴールドのネックレス。黒のウインドブレイカー。黒のTシャツがのぞく。迷彩柄のカーゴパンツ。腰にシルバーのウォーレットチェーン。足元、白のスニーカー。手にスマホ。指にリング。ブランドはわからん。身長180センチ弱か。がたい良し。まさにイメージ通り。


 すりきり1杯までよそってくれるから、日本酒のごとく、グラスに皿を添えて出されるスパークリングワインが飲める店。とりあえず乾杯。初対面だけど。

 鮮魚のカルパッチョ。アヒージョ。ローストビーフ。適当につまみを頼む。彼は肉が好きだという。もう一品、肉料理を頼む。これは自分で働いて貯めた金だ。


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 独身で働いていたころ。体力と気力を自らコントロールすれば、たいていのことは乗り越えられた。


 家族を持った。子供を持った。それは自分以外の人間のことを、自分以上に心配することを意味した。私はあまりに弱すぎた。

 子供の健康。家族の健康。子供の進路。家族の勤務環境の変化。自分の健康。時を選ばない災害。母の健康。

 

 次々と降って来る予想できない出来事。6歳で父を亡くしてから張り詰めていた神経が、限界をむかえつつあった。メンタルクリニックに行き、薬に救われた。でも出来事はやまない。コロナ禍。子供の病。家族の仕事の変化。無理だ。


 1昨年から、体の1部が思うようにコントロールできなくなった。過呼吸と動悸が始まった。薬が手放せなくなった。

 

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 昨年の夏は暑かった。体力が落ちた。体の痛みは激しさを増した。思い詰めてしまった。1カ月間の準備期間を経て、自らの体を傷つけた。

 退院の時。女性看護師が笑顔で言った。「今日は家族でごちそうを食べるの?」。


 自ら体を傷つけたものが、家族でごちそうを囲めるだろうか?。

かろうじて答えた。「コンビニでおにぎりでも買います」。「コンビニのおにぎりも最近、高いからね。いくらか知ってる?」。


 そうですよね。失敗した私に、コンビニのおにぎりはもったいないですよね。申し訳ありません。食べ物を食べる気力が失せた。今も体重は減る。自業自得だ。


 家族に合わせる顔がなかった。働いていたころ、自分で貯めた貯金を引き出した。2週間、札幌の街をさまよった。泊まり歩いた。すすきの。大通り公園。中島公園。

ぐるぐる。

 結局、家に帰った。


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 金髪くんは私の愚痴をきいてくれた。頷く。相槌。否定するでも、解決の提案をするでもなく。ありがたかった。


一連の出来事。周りの人々は、いろいろなことを言った。

 「もっとつらい人だっている」「忘れて気持ちを切り替えて」「よくあることだ」

「前向きに頑張って」「1番つらいのは、あなたじゃない」。


 知ってるって。だてに52年間、生きてきたわけじゃないから。新聞記者してたとき、いろいろな人、取材してきたから。

 それでも安全圏から告げられる、そんな言葉で処理できない、黒い思いがうずまいて止まらない。家族だからこそ、話せない本音もある。叫びたかった。


 でも、今、目の前の、初対面の金髪くんは、ただ話をきいてくれる。

押しつけられない正論。うれしかった。


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 ココノススキノを出る。ネオンが光る雑踏を歩く。大通り公園に向かって。午後8時半。既に酔った若者や若い女性たち。学生か。そして会社員の集団。


 テレビ塔が見える大通り公園。黒いTシャツにパンツ姿で、ダンスの練習をする若者らがいた。

 路上でギターを弾きながら歌う、茶髪の青年がいた。リクエストを募集していた。「1番、得意な歌を聴かせてください」。思わず言ってしまった。


 ギターの茶髪青年は、私の年齢を的確に把握したのだろう。1980年代に流行った小林明子の「恋におちて」を歌った。ピアノで伴奏を弾ける好きな歌。偶然の一致。 お札を彼に渡した。20代、寝る間も惜しんで働いた私自身の金だ。あの世に金は持っていけない。


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 時間が来た。金髪くんに感謝を言って別れた。

地下鉄の駅に下る階段に、背中が消えた。

 

 後日。再度、彼を申し込んだ。辞めたという。やっぱりな。


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 私があの眠れぬ夜。スマホで申し込んだのは、「家族レンタル」。


 家族だからこそ言えない悩み。それを、既に接点がある人間に話すのは、ハードルが高い。人間の関係性は、その接する場所で上下関係、優劣関係が簡単に決まる。例えば、病院なら医師が上で、患者は下。話せる内容、敬語などの言葉。限定される。

 全部それを取っ払ったフラットな相手に、タメ口で気持ちをきいてほしかった。


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 私が「家族レンタル」業者にお願いした人材の条件。


「目的)家族や日常生活の愚痴を、否定することなく、きいてくれる相手がほしい。

 人材の希望)外見も中身もドヤンキー風の20代男性。正論を説く男性、個人的に苦手な女性はNG。酒やタバコがいける人。20代のドヤンキー希望は、敬語などの言葉づかいすら、気を遣わずに話したいから。あたりまえだが、身体的接触は、いっさい求めない。」


 業者は希望どおり、ドヤンキー風の若者を派遣してくれた。外見的には。

でも彼は、まったくヤンキーではない。すぐにわかった。


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 中学校時代に見た、生活の底から荒んだヤンキー。本物の不良。彼らと金髪くんは、まったく違った。


 その人物の人となりは、服装のなじみ方、動作、所作に出る。


 彼のあの金髪。あのムラは、美容室ではなく、ヘアスプレーで一時的に染めたものだ。高校の文化祭で子供がしていた。

 眉毛。太すぎる。ヤンキーは、目つきを鋭くするために細くする。抜くにせよ。剃るにせよ。

 

 タバコを愛するヤンキーは、それはそれはうまそうに吸う。肺の奥まで吸い込み、鼻から煙を出す。口の中だけで煙を遊ばせ、すぐに吐き出したりはしない。

 

 雑踏の歩き方。すすきのから大通りまでの雑踏を、右に左に避けて、歩いたりはしない。ヤンキーは相手に避けさせる方だ。肩をいからせなくても、相手にどかせるオーラを持っている。


 決定打。大通り公園での外飲み。


 子供のころから、恵まれたものたちを見上げ、羨む立場が長かった私。居心地の悪い高級なステーキ店なんかよりも、地べたで、風の中で酒を飲みたかった。


 久々のヤンキー座り。金髪くんは、底の熱いブーツにもかかわらず、尻もちをついた。関節が固い。君、ヤンキー座りの経験、ほどんどないでしょ。

 結局、芝生の上で体育座りで飲んだビールは、冷えてはいなかったけど、うまかった。見せて欲しいと言われたから、傷を見せた。

 「痛かったね」と言ってくれた。十分だった。


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 彼は私の条件のために、最大限の努力をしてくれた、のだろう。


 金髪のスプレーを髪にかけ、ピアスは本物かな?。ゴールドの鎖を首にまき、筋肉が際立つ黒いTシャツを着て。ウォーレットチェーンで財布を留め、迷彩のカーゴパンツに無造作に入れて。

 腕時計はまずかったかな?。今の人って、スマホで時刻見るから。ヤンキーが腕時計、するとしたら、威圧的な、もっとゴツいやつだよね。

 あの腕時計は、カシオの比較的安いライン。君、本当は、時間に几帳面な大学生といったところではないのだろうか。


 誠実に、職務の責任を果たそうとしてくれた、善良な彼。

その蓄積で、疲れちゃったかな?。今回の私のわがままも含めて。

 「家族レンタル」のバイト、きっとわりがよかったよね。もっと時給のよいバイト、見つかっているといいのだけれど。

 疲れさせてしまってごめんね。きっともう会うことはないけれど。この空の下でお元気で。4時間、楽しかったよ。


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 やっぱり、善良な方に、いらぬ負担をかけてしまうより、動物かな?。

あと1年間、私には家族への責任がある。

 

 ハムスターかな?。寿命は2、3年と短いけれど、そこまで私を支えてくれれば、ありがたい。個人的に、惚けた顔で老いさらばえて生きる意味が、私にはわからない。我が母を見ていて。


 通っていた高校の地下鉄の駅の近く。ペットショップがある。スマホを開いた。やっぱ、ジャンガリアンかな?。ロシアンブルーかな?。いや、だからスマホに頼りすぎだって!。自分にツッコむ。

 スマホを閉じた。明日、とりあえず地下鉄南北線に乗って、ペットショップへ行くつもりだ。

(了)

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「善良」(1話完結・短編) ナカメグミ @megu1113

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