第4話 恐怖の嫁がやってくる(★ガルム視点)
「くくくっ、くくくくっ……」
執務室で部下の報告を受けながら、僕は低く声をあげていた。
「くくく……、くううっ、うっ、ううっ……」
勿論、泣き声の嗚咽である。
なんだかよく分からないけど、1週間ほど前より、突然シュタルツ公爵家から手紙が送られてくるようになったのだ。
しかもその数が尋常じゃない。
7日間で20通くらい来た。
そして大問題なのが、その内容だ。
要約すると全ての手紙において、シュタルツ家のご令嬢マリアンヌ様と僕との婚約を望むものだった。
「怖い。怖すぎるよぉ」
僕は、ほんの数週間前に、ミスリル伯爵令嬢との婚約が破談になったばかりだ。
しかも社交界では、とんでもない噂話が飛び交っている真っ最中。
その上で、どうしてこうなっているのか全く理解できない。
「えー、最新のお手紙ですが、マリアンヌ様からの直筆ですね。ガルム様の様々な噂話について、問題ないと示す内容のようです」
執務室の大きな椅子に巨体を縮こまらせて座っている僕へ、部下のルーカスが淡々と報告をおこなう。
『熊のような雄たけびは家族で慣れているので大丈夫です。むしろ私も一緒に叫びます』
「慣れてるって何? 一緒に叫ぶのは、もっと何!?」
『魔物シチューについては、むしろ好物です』
「いやいやいや、魔物シチューなんて嘘に決まってるでしょ。あの赤いのはトマト。トマトだから!」
『背骨については私も折るのが得意なので、ご安心ください』
「何もご安心できない! 不安しかない!!」
僕は頭を抱えながら、ぶるぶると震えた。
――どうして。一体、どうしてこんなことに!!
◇ ◇ ◇
戦闘民族と称されるアストリア家の長男として生まれた僕は、幼い頃から体格にも恵まれ、戦士としての将来を期待されていた。
しかし、家族はすぐに大きな問題に気が付いた。
僕の性格が、とにかく戦士に向いていないのだ。
引っ込み思案で大人しく、誰かと争いになることを嫌う。
良く言えば平和主義、悪く言えば臆病。
可愛いものや綺麗なものが好きで、格好良いものや武器にはあまり惹かれない。
鍛錬は責任感から続けていたが、それよりも本を読んだり絵を描くことが好きだった。
初めて戦場に連れて行かれたとき、僕は血を見て失神した。
そんな僕を見ても、父は怒りはしなかった。
意外なことに、家族は僕の個性を受け入れてくれたのだ。
これまで努力を積み重ねて、それでもどうしても変わることが出来なかったのを、理解してくれたのかもしれない。
僕は主に内政面で、家に貢献していくこととなった。
直接戦うことは無理でも、巨体と怪力は健在だったので、戦場でも裏方として出来る限り尽力した。
こうして何年かは穏やかに過ごしていたのだが、再び問題が発生する。
僕が結婚適齢期に入ったのだ。
アストリア家は伯爵家から公爵家へ異例の昇爵を賜ったこともあり、婚約の申し込みが殺到した。
「どうしよう。僕が臆病者だとばれたら、家の評価に関わるかもしれない!」
「うーん。取り合えず、怖い振りとかしてみます?」
ルーカスの気軽な思い付きにより、僕は魔熊公爵として生きていくことになった。
他の家族も、ノリノリでこの企てに参加してくれた。
しかしこの作戦は、思い通りの結果を生んでくれなかった。
婚約した筈のご令嬢たちが、次々に怖がって逃げていくようになってしまったのだ。
「やり過ぎだよ! これじゃあ、別の意味で家の評価に関わるよ!」
「まあ、しかし、当主の威厳は保たれていますので良いのではないですか?」
「そうかなぁ」
それでも、僕一人で突然の路線変更なんてできない。
僕はひたすら、恐ろしい魔熊公爵を演じるしかなかった。
◇ ◇ ◇
「罰だ。これまで嘘を吐いてきた、罰が下ったんだ」
僕は生気の失せた顔で、ひたすら神に祈った。
せめて楽に死ねますように。
「あっ」
そんなとき、ルーカスの不穏な声が洩れた。
僕はびくりと肩を震わせる。
「な、なに!? これ以上、何かあるのかい?」
「この手紙が出されたのが、3日前のようなんですけどね」
「うん」
「最後に書いてありますね。『埒が明かないので、3日後に会いに行きます』と」
「はっ!?」
「会いに来るという日付も今日ですね。間違いありません」
「手紙と同じ速度で、南の辺境にあるこの領地に向かってきているってこと!?」
――僕が叫んだのと同時に、執務室の扉がノックされる。
「ご当主様! 御来客です!」
「ぎゃああああっ!!」
僕は恐怖のあまり、椅子ごと転んで床に崩れ落ちた。
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