第3話 熊でも何でも良いから嫁入りしたい

 華奢で可憐な令嬢の姿から、私は一瞬で筋骨隆々の大男へ変化した。


「あっ……」


 しまったと思った私は、慌ててカルロへ視線を移した。

 彼は白目を剥いたまま気絶していた。


 ――気弱な青年には、ちょっと刺激が強すぎたようだ。


「カルロ様ーっ!!」


 シュタルツ家の屋敷に、私の虚しく野太い叫び声が響き渡る。

 

 その後は放置するわけにもいかないので、彼のことを担いで運んで客間へ寝かせた。


 ショックを与えた罪滅ぼしに自分で介抱すると申し出たが、「お嬢様の顔をこれ以上見ると、カルロ様が本当に昇天しかねないので」というもっともな理由で却下されてしまった。


 意識を回復させた彼は逃げるようにシュタルツ家を後にした。

 そして、その1週間後があの婚約破棄騒動という訳である。


◇ ◇ ◇


 自室の窓から、いそいそと帰宅するジュエル伯爵家の三人が見えた。

 私は腰に手を当てながら、今後についてリリアンへ愚痴る。


「また社交界で、いい笑いの種だわよ。全くもう!」


「ああ、それなら大丈夫そうですよ?」


「どうして」


「社交界は今、魔熊公爵の12回目の婚約破棄の話で持ちきりだからです」


「魔熊公爵?」


「南方に広大な領地を有するアストリア公爵のことですよ。元は伯爵位でしたが、数多の魔物を退けた戦績を評価され、数年前に公爵位を授かったという」


「アストリア公爵のことは私だって知っているわ。でも、魔熊公爵って?」


「お嬢様は、こういった噂話に無頓着ですからね。何でも、現在ご当主となったガルム・アストリア様は熊のような恐ろしい大男で、結婚話も次々と破談になっているとか」


「……何故かしら、他人事とは思えないわ」


「なかでも先日、アストリア家に嫁いで数日で出戻ってきたというミスリル伯爵家のご令嬢が、その詳細を喧伝して回っているとのことですよ」


「ミスリル伯爵令嬢といえば、有名なお喋り好きのご令嬢だものね。どうせ大げさに話しているのでしょう?」


「それが、かつての元婚約者たちも、そのお話に同意されているとかで……意外と真実に近い話なのかもしれませんね」


「へえ。どんな噂を?」


「曰く、アストリア公爵は夜な夜な熊のような雄たけびを上げるとか」


「あら」


「曰く、捕らえた魔物を煮込んだシチューが好物であるとか」


「あらあら」


「曰く、女性を抱きしめただけでその背骨を折ったとか」


「あらあらあら」


 あんまりなその逸話の数々に、私は圧倒される。

 世の中にはいろんな人間もいるものだな、などと暢気に考えていたのだが、ふと私の中に閃きが生まれた。


 その瞬間、全身に衝撃が走る。


「待って、リリアン。これは……使えるわ」


 真面目な顔をして告げる私に、リリアンが訝し気な顔を向けてくる。


「使える? お嬢様、一体何を考えていらっしゃるのですか」


「魔熊公爵は12回も婚約を繰り返すくらいなのだから、結婚したいのよね?」


「まあ、公爵位ですし、お世継ぎも必要でしょうからね」


「けれど恐ろしすぎて、婚約者の女性が全員逃げ帰ってきてしまうと」


「そうなりますね」


「私ならいけるわ!」


「はい?」


「熊のような雄たけびはお父様やお兄様で慣れているし、魔物シチューだって毒さえなければ抵抗ないし、抱きしめられただけで折れるやわな背骨は持ち合わせていないわ」


「ふむ」


「もはや、これは、運命ではないかしら!?」


 息巻く私を、リリアンがじっと見つめる。

 重い沈黙の後、彼女はにっこりと笑顔になった。


「確かに!!」


 ――こうして、私の「アストリア公爵へ嫁入り大作戦」が始まったのだ。

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