第2話 絶対厳守、私の秘密

 私、マリアンヌ・シュタルツは自分で言うのもなんだが、可憐な見た目をしている。

 華奢な体躯に、焦げ茶色のカールした短髪、睫の長い大きな青い瞳。

 

 かつては社交界でも、絶大な人気を誇ったものだ。


 唯一、お淑やかな女性が好まれる社交界での欠点があるとすれば、武術を嗜んでいることだろうか。

 我がシュタルツ家は武術に長けており、私も幼少の頃から厳しく指導を受けていた。


 ……いや嘘だ。

 私は身体を鍛えるのが大好きで、むしろ積極的に鍛錬に乱入して己を鍛え続けた。

 婚期を逃すと憂う母の嘆きもよそに、私は武術に邁進していた。

 そのおかげで、一騎当千と呼ばれるほどの剣使いへと成長していた。


 幸いだったのは私の体質で、どれだけ鍛えても見た目に筋肉はほぼ付かなかった。

 だから鍛錬と魔物退治の合間に社交場に顔を出した時にも、違和感を覚えられることは少なかった。


 私の武勇伝は既に知れ渡っていたが、華奢な外見でその豪傑話をカバーできていたのだ。

 それに一部ではあるが、武術を嗜む女を好んでくれる貴族の殿方もいた。

 

 結婚適齢期が近づき、それなりに結婚に憧れを抱き始めた私は、シュタルツ家の為にも良い伴侶を探そうと試みたのだが――。


 ――婚約破棄!


 ――婚約破棄!!


 ――婚約破棄!!!


 積み重なった婚約破棄は、このたびで8回。


 婚約破棄の理由は、やはり主に私の強すぎる武力の為だ。

 ただし、元婚約者の彼らを強く責めることはできない。

 彼らの多くは、私に誠実に寄り添おうとしてくれたのだ。


 しかし現実は厳しかった。

 婚約後の交流期間において、私と元婚約者の仲は縮まるどころか隔絶されていった。


 ある者は、男の自分より遥かに強い私への劣等感に押しつぶされ引き籠ってしまった。

 ある者は、戦場での私を目撃して、恐怖で口をきけなくなってしまった。

 また、ある者は……もういいか。


 そんなわけで婚約破棄が相次ぎ、次第に社交界での私の立場も悪くなる。

 以前は沢山舞い込んできた婚約の申し込みも、今ではすっかりなくなってしまった。


◇ ◇ ◇


 そんな中、私の婚約者になったのが、カルロ・ジュエル伯爵令息だった。


 カルロは気弱ではあるが、穏やかな男性だった。

 私の武勇伝も、「頼もしくて素敵です」と微笑んでくれるような人だった。

 

 私も私の家族も、この鴨――ではなく、殿方を逃すまいと気合を入れた。

 こうして涙ぐましい努力の末に、私とカルロは結婚直前の所まで来ていたのだ。


「お嬢様、あと少しです。油断は禁物ですよ!」


「分かっているわ。任せておいて、リリアン!」

 

 ――実は、この段階まで辿り着いたことは初めてではなかった。

 3番目の婚約者だったライラック侯爵令息のときも、あと1か月で結婚という所まで来ていた。

 しかし、私の「とある秘密」が露呈してしまい、儚く婚約破棄に至ったのだ。


「今度は絶対に隠し通してください。結婚さえしてしまえば、あとは押し切れます!」


「勿論よ。これも幸せな結婚の為!」


 そんな私とリリアンの綿密な作戦会議は、残念ながら功を奏さなかった。



 運命の分かれ道となったその日、カルロは夕方に我が家を訪ねてきた。

 彼は珍しく声を弾ませて、私の姿を見るととても嬉しそうに笑った。 


「マリアンヌ様。実は珍しい武術書が手に入ったのです。以前お話していた――」


「なんですって!?」


 私は彼の手にしている本に目を輝かせた。

 前にお茶をした時の会話を覚えていてくれたことにも、密かに感動を覚えていた。


「きっとマリアンヌ様に喜んで頂けると思って、約束も無いのに訊ねてきてしまいました。ご迷惑だったでしょうか」


「まさか、そんなはずがないわ。ありがとう、カルロ様!」


 このときの私は二重に浮かれていた。

 希少な武術書が読めること、そして、婚約者カルロからの温かな気遣い。


 だからすっかり、気が緩んでいたのだ。


「さあ、お入りになって」


 私は応接間にカルロを招き入れ、二人でお喋りしながら武術書を読み進めた。

 信じられない位楽しい時間だった。

 時が経つのも忘れる位に。


 不運だったのは、このときリリアンが不在だったことだ。

 彼女がいれば危機に気付いてくれただろうが、生憎、買い出しで出掛けていたのだ。 


 そして夜がやってくる。

 時計が19時を知らせる鐘を打つ。


 その瞬間――ボフンッ、という変化音と共に私の姿は霧に包まれた。

 次に現れたのは、身の丈190㎝近い筋骨隆々の大柄の男だ。


 そう、私は夜になると、ムキムキマッチョマンに変身してしまう体質なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る