8回婚約破棄された筋肉令嬢は、辺境の魔熊公爵に嫁ぎたい~魔熊公爵は実は気弱な好青年?関係ねえ、嫁入りじゃ!~
霧原いと
第1話 祝、8回目の婚約破棄
「侯爵令嬢マリアンヌ・シュタルツ。私は貴女との婚約を破棄させて頂く!」
切羽詰まったような震える大声が響いた。
先程名前を呼ばれた私――マリアンヌ・シュタルツは実家の応接間で仁王立ちをしている。
一方、婚約破棄を宣言した青年――伯爵令息カルロ・ジュエルは、床に張り付くように土下座していた。
その両隣には、彼の両親であるジュエル伯爵夫妻も並んで、一緒に土下座している。
「本当に、本当に、婚約破棄を望むなどという不義理をしてしまい申し訳ございません」
「しかし息子にはどうしても無理なのです。どうかお許しください。罰ならば代わりに私が受けます。命だけは、どうか――」
完全に怯え切った三人を前に、私は軽く途方に暮れていた。
「……一応、お聞きしますけれど。婚約破棄の理由は、他に好きな令嬢が出来たからとか、そういうことかしら?」
「めめめ、滅相もございません!!」
渾身の婚約破棄宣言を絞り出した後は、しばらく土下座の格好のまま放心状態だったカルロが、意識を取り戻したように顔をあげた。
「浮気だなんてそんなこと、神に誓ってありません。調査して頂いても構いません!」
「はあ……」
死にそうな顔で訴えるカルロの様子に、私は小さく溜息を吐いた。
彼が浮気をしたのではないことは分かっている。彼は誠実で気弱な男だ。女性を二股なんてできる性格ではない。
そもそも公爵家の調査で、彼らにやましいことが何もないことは判明していた。
「それでは、どうして婚約破棄を」
「言いませんっ。誰にも、言いませんから!」
「そうです、一家全員、このことは死んでも話しません」
「どうかお許しください、お許しください……」
「……」
まるで悪魔に追い詰められて命乞いをするかのような伯爵家一同に、私は遠い目をした。
彼らは非常に善良な人たちだ。よく知っている。
これ以上苦しめるのは、さすがの私も心が痛む。
「分かりました、婚約破棄を受け入れます」
私がそう告げた途端、ジュエル伯爵家の三人は心から救われたような表情を見せた。
「あああっ、ありがとうございます!」
「この御恩は一生忘れません!」
「神よ! ご慈悲に感謝いたします!」
「そんな大げさな……」
何度も床に額を擦り付けて礼を言う彼らへ、私は曖昧な笑みを浮かべた。
「では、このことは御内密にお願いしますね。くれぐれも。婚約破棄については……双方の家の事情ということで、こちらから処理しておきます」
静かにそう告げると、私は応接間を後にした。
◇ ◇ ◇
「8回目の婚約破棄、おめでとうございます!」
「うるさいっ!!」
自室へ戻ってきた私は、古くからの従者リリアンに拍手で迎えられた。
彼女はカルロが訪ねてきた時点で、婚約破棄の話だろうと見越していたらしい。
――そんなの私だってそうよ!
「今度はうまくいくと思ったんだけどなぁ」
「カルロ様は気弱でお優しいから、押し切れるかと期待したのですがね」
「まさか家族全員で土下座してくるとは予想外だったわ」
「流石のお嬢様でも、心が痛みましたか」
「どういう意味よ!」
「お部屋を出る前は、『良心に付け込んで婚約を継続してやるわ!』と息巻いていらっしゃいましたので……」
「うぐっ!」
一通りの会話を終えると、私はそのままベッドへと倒れ込んだ。
見慣れた天井を、ぼんやりと眺める。
「あーあ。結婚したいわぁ」
「また候補を探しましょう」
「もう手当たり次第に声をかけた後じゃない。次が見つかるかしら」
「……」
「ちょっと、黙らないでよ!」
「すみません。嘘を吐くのも従者として不適格かと思いまして」
「はあ」
本日、一番大きなため息をついて、私は大声で叫んだ。
「結婚したーい!!」
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