第3話

夫との出会いは


もう10年近く前になる。


全て始めから強請られては


与えてきた。


それが夫の立ち直る道だと思って。


人は誰しも躓くものだ。


その躓きが大きいだけで


夫は


いつか立ち直ると思っていた。


しかし働き蜂にも蟻にも


一定数怠けるものがいるように


夫は全くと言っていい


これが自然の摂理だと言わんばかりに


見事に立ち直ることを放棄した。


わたしという体のいい働き蜂がいたからだ。


気付かぬわたしは働きに働きに働いた。


身体と笑顔を金銭と引き換えに


働き続けた。


詐欺まがいのことも


平気で行った。


呼吸するように嘘を吐き


一体幾らの現金がわたしの懐へ入り込み


操り人形の糸を引く夫の元へ流れただろう。


気付いた時には


糸はわたしの手首にまで絡みつき


ほどこうとすればするほど


血が滲むほど


深く食い込んでいった。


わたしが好きでやっていること


その言葉は


免罪符のように我が家の家訓として掲げられ


夫は今日も何も失っていない顔で


眠りにつく。


わたしは


失ったものの数を


もう数えられない。


時間も


尊厳も


未来も


息子の隣にいるはずだった日常さえも数えられず


ただ月曜日の朝8時だけは


夫に教わり秒読み出来るようになっていた。


経験豊富な夫が


その時が来るならば


週明けの朝8時だとわたしに教えたからだ。


それでもわたしが


完全に壊れなかったのは


不思議だと思う。


歪に


折れたまま


曲がったまま


血が滲んでも


呼吸だけはやめなかった。


今日だ。


鏡の中のわたしが


初めて他人に見えた。


ただ疲れ切った


罪に怯える一人の女だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る