第7話 呪には呪をもって祝と為す

「それって、つまり……」


「先日の男は松岡さんに懸想けそう、つまり、片思いをするあまり天の逆手を打ったんです。無下むげにされたという恨みを込めて。そういえば、松岡さんはあの男性の名前を読んでいましたね。面識があったのですか?」


「ある、といえばありますが……」


 正直、清野さんについては、殆ど記憶がない。


「彼について覚えているのは、わたしが入学した時に開かれた新入生歓迎コンパで清野さんが幹事をしていたこと、その後、何度かキャンパスで声をかけられたことぐらいです。会話も別に男女の仲を意識したようなものではなかったような気が……」


 フレイザー先生は、ゆっくりと首を横に振った。


「貴女はそうでも、相手がそうとは限らない。松岡さん、言葉も気持ちも相手には案外伝わらないものなんです。気持ちのすれ違いが大きな裂け目を作り、清野はその闇に呑まれてしまったのでしょう。実はわたしも清野の顔に見覚えがありました。松岡さんが訪ねてくる二週間前、突然廊下で呼び止められ、彼はこう聞いてきたんです」


 天の逆手の方法を教えてほしい、と。


「もちろん、断りました。何故なら、天の逆手がどんな呪法だったか、どの書物にも乗っていないから断るしか方法がなかった。おそらく、清野は推測で天の逆手を打ったのでしょうけど、それがドンピシャな方法だったんですね。おかげで、清野の霊を呼び出したことで天の逆手の方法がわかりました。まさに、もっけの幸いです」


 ちょ、ちょっとまて!

 女神のように優しい微笑みを浮かべながら頷くフレイザー先生に、わたしは思わず声を上げた。


「霊!?じゃ、じゃあ、清野さんは亡くなって……」


「さあ。どうでしょう」


 さらり、とフレイザー先生はそう答えた。


「松岡さんも生霊という言葉ぐらい聞いたことがあるのでは?『源氏物語』にもヒロインの一人、六条の御息所みやすどころの生霊が登場します。生きていようと死んでいようと、霊が身体を離れることは珍しいことではない。だから、オダマキの花を一輪だけ飾ったのです」


「一輪、だけ?」


「一本花といいます。古来より、花を一輪だけ飾ることは霊を呼び寄せるものだとされています。ちなみにオダマキの花言葉は『必ず手に入れる』。清野の呪いにはうってつけの花だと思い、選びました」


 この人、穏やかそうに見えて、意外とえげつないことを平気でしてないか?


「そういえば、不黎座先生……」


「フレイザー、でいいですよ。松岡さん」


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。フレイザー先生、あの時、清野さんに水をかけていましたけど、どうしてその後に清野さんの霊は消えてしまったんですか?」


「あれは逆手という忌み行為です。元は右手に持った柄杓ひしゃくで水を掬い、右に向かって水を撒く行為を意味します」


 つまり。


「飾ってはいけないものを飾り、やってはいけない行為をした、と」


「そうなりますね。ですが、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるでしょう?だから―」


 呪には呪をもって祝と為すのです。


 夕焼けの紅い光を背後に浴びながら、フレイザー先生は穏やかに微笑んだ。

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