第6話 天の逆手

 恐怖のあまり動けなくなったわたしを、フレイザー先生は親切にも研究室に泊めてくれた上に、自分も研究室に残り、夜通しわたしの様子を見てくれた。もちろん、先生はずっと本を読んでいるだけだったが、先生が隣にいてくれたことが本当にありがたかった。

 やがて、東の空が明るくなると共に先生は帰り支度をはじめ、わたしを車で送ってくれた。


「いったん家に戻り、汗を流して一休みしてから午後の講義に出るつもりです。松岡さん、今日はゆっくり休みなさい」


 言われなくても今日は休むつもりだったが、フレイザー先生は講義に出るようだ。なんともタフな御方である。


 自宅に戻ると、わたしは倒れこむようにベッドに横になり、そのまま、あっという間に眠りに落ちた。

 

 あの音は、既に耳の中から消えていた。


 その週の金曜日の午後五時。

 

 わたしはフレイザー先生に呼ばれ、研究室のソファに腰を下ろしていた。


「松岡さん、天の逆手というしゅを知っていますか?」


 そう言いながら紅茶が入ったカップを手渡したフレイザー先生に、わたしは首を横に振って答えた。


「日本神話の国譲りの下りで天の逆手は登場します。天上に住まう天津神の主宰神であるアマテラスから地上の征服を命ぜられた武神タケミカズチはリーダーのオオクニヌシに地上の支配権をアマテラスに譲るよう迫りました。オオクニヌシは次男のコトシロヌシに意見をはかりましたが、コトシロヌシは『地上は天津神が支配するがいい』と言い残し、天の逆手を打って身を隠したとされています」


 あ、はい。

 としか言いようがない。

 その話が先日の件とどのような関係があるのだろう。


「天の逆手は文字通り逆手で柏手を打つことを意味します。本来、柏手は神社の拝殿や神前で行うように神に対しての敬意と服従の意として解釈されるのですが、その逆ということは、敵意と反意の気持ちを込めているということになりますね。つまり、コトシロヌシは口では天津神の支配を認めつつ、本心では認めていなかったということです。さて、この逸話から天の逆手は後に呪術として広まっていった。松岡さんは『伊勢物語』は読んだことがありますか?」


 いや、ないです。

 としか、これまた言い様がない。


「『伊勢物語』は平安期に書かれた物語集ですが、その中に興味深い話が出てきます。要約すると、とある高貴な女性に言い寄っていた男がいたのですが、女性の病気や周囲の反応など様々なトラブルがあって、結局、男は女性に振られてしまった。男は女性を恨み―」


 天の逆手を打って、女性に呪いをかけた。


 部屋の中の暗さが、増したような気がした。

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