第3話 異端の民俗学者

 この大学において、フレイザー先生の話題は、事欠かない。

 なんでも、民俗学を専攻しているのに、民俗学自体を否定しているのだという。

 しかも、研究テーマは、呪術。

 おかげで民俗学の学会全てから排除され、民俗学者たちからも蛇蝎だかつの如く嫌われているらしいが、本人は一向に気にしていないらしい。

 彼女の異名である“フレイザー”にも、複雑な意味があると聞いたことがある。

 元々、彼女をフレイザーと呼び始めたのは学生たちではなく、民俗学者たちだったようだ。

 聞くところによれば、十九世紀から二十世紀にかけて活躍した人類学者、ジェームズ・フレイザーなる人物が、フレイザー先生の綽名あだなの元になった人物とのことである。彼は後の人類学、神話学、そして民俗学に大きな影響を及ぼした人物だったが、フィールドワーク、つまり、現地調査を行わなかった。そのため、後世の学者たちから「安楽椅子アームチェアの学者」と批判されたという。

 実は、フレイザー先生もフィールドワークは行っていないらしい。前職は名門ブラウン大学の図書館司書だったということもあって、完全にインドア派だと聞いている。

 つまり、彼女の“フレイザー”という呼び名は尊敬や畏敬の念ではなく、揶揄や皮肉を込めて付けられたようだ。

 しかし、当のフレイザー先生こと不黎座エレン先生は「フィールドワークなど不要」と堂々と言ってのけているというから、恐れ入る。

 フレイザー先生によると、「データは向こうからやってくる」ということらしい。

 これらのエピソードを聞いた時は、どんな女傑だろうと想像をたくましくしたのだが、実際に目にしたフレイザー先生は、想像とはまったく違っていた。

 

 美しい。


 容姿も立ち振る舞いも、まさに令嬢という言葉しか無い。


 日本人とイギリス人とのハーフということもあるのか、顔立ちの美しさは学校の中でも際立っている。

 大学講師だからおそらく二十代後半か三十代前半だと思われるが、大学生でも十分まかりとおる外見をしている。

 実際、民俗学者たちとは対照的に、フレイザー先生は他の分野の学者や学生たちからは受けが良い。男性の比率が高いことは言うまでもないことだが、女性の中にも密かに憧れている者もいるとか、いないとか。

 まあ、この美貌なら……。


「何か御用ですか?どうやら見たことがない顔のようですが」


 古めかしい安楽椅子に座り、形の良い大きな目でこちらを見つめていたフレイザー先生が、おもむろに口を開いた。

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