第2話 フレイザー先生の研究室

 今、わたしはキャンパス内のとある研究室のドアの前に立っている。


 ドアに貼ってあるマグネットの札には、こう書かれてあった。


 不黎座ふれいざエレン 専攻 民俗学。


 昨日の友人たちとの会話にでてきたという言葉から、わたしが思いついたのが民俗学だった。

 以前、テレビで妖怪や幽霊について民俗学者が説明していたのを思い出したからだ。

 だが、あまりに安直な思いつき故に、わたしはドアを叩くことに大きなためらいを感じていた。な学者なら、一笑に付すか、バカにするなと怒られるかもしれない。

 だが、これから相談をもちかけうとする相手に対しまったくもって不遜であることを承知で申し上げるが、不黎座先生が少々学者であることはわたしも存じ上げている。

 ひょっとしたら、何か力になってくれるかもしれない。だが、もしかしたら、一向にとりあってくれないかもしれない。

 入ろうかどうか迷いながら何度も扉の前を通り過ぎて小一時間を要し、午後四時になったところで、ようやくわたしの決心がついた。

 廊下に誰もいないことを何故か確認し、わたしは不黎座先生の部屋のドアを、ゆっくり、軽く、ノックした。


「どうぞ」


 ドア越しに凛と響く涼しげな声に導かれるように、わたしは挨拶をしながら部屋に入った。

 

 部屋の壁面にしつらえている本棚には驚くほどの量の本が、手で触れると指が切れてしまいそうなくらいの正確さで整理されて並んでいる

 部屋の中央には古めかしい長机とソファが鈍い光を放っており、机の上に置かれた本と書類も、書棚に並んでいる本と同様にきれいに整頓されていた。

 部屋の奥の大きな窓はブラインドが上げられ、半分だけ開けられた窓からは四月中旬の爽やかな空気とキャンパス内外の雑踏の音が入り込んでくる。

 温もりを増した四月の気だるい午後の光を背後から浴びながら、窓の前に置かれた事務机に座る女性が、手元の書籍から顔を上げた。


 綺麗に結い上げられた亜麻色の髪、アルプスのように白い肌と高い鼻梁、美しいラインを描く眉目。まさに、端麗という言葉が形になったかのような容姿であり、柳のようにほっそりとした物腰を、シックな灰色のスーツが包み込んでいる。


 不黎座エレン先生。


 通称、フレイザー先生。


 この大学で民俗学を教えている専任講師である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る