第3話 静寂の暗殺者と、禁断の粉

「動くな。声を上げれば、このまま頸動脈を裂く」




耳元で囁かれたのは、体温を感じさせない冷酷な声。


ミミの首筋には、薄氷のように鋭い刃が押し当てられていた。

鋼鉄の冷たさが肌を突き刺し、一筋の血が伝う。


冒険帰りの路地裏。夕闇に紛れて現れたのは、漆黒の装束に身を包んだ暗殺者だった。


ミミは呼吸を止め、全身を硬直させる。

猫耳は恐怖で限界まで伏せられ、震える指先が壁のざらついたレンガを必死に掴んでいた。


「……何の、御用、ですか……?」


絞り出した声が、震えて途切れる。

暗殺者は無言のまま、空いた左手で懐から「銀色の粉」を取り出した。


(毒……!?)



暗殺者がその粉をミミの鼻先に振りまく。



――逃げなきゃ。


そう思った瞬間、甘ったるい、脳の芯を痺れさせるような濃密な香りが鼻腔を抜けた。





「あ……ぅ……?」





視界が急速に火花を散らし、膝の力が抜ける。

首筋の刃が遠ざかるのが分かったが、逃げることなど到底できなかった。


全身の血管を熱い何かが駆け巡り、理性をドロドロに溶かしていく。



「あ、つ……からだ、あつい……にゃぁ……」



それは、暗殺ギルドが極秘に精製した特級マタタビ粉だった。


ミミは不衛生な石畳の上に崩れ落ち、無防備にお腹を見せてゴロゴロとのたうち回る。

自分の尻尾を獲物だと思い込み、目をぐるぐる回しながら円を描いて追いかけ――。


挙句の果てには、困惑して立ち尽くす暗殺者のブーツに、自ら頭をすりつけ始めた。


「ふ、ふにゃぁ……しあわせぇ……」


蕩けた瞳。だらしなく突き出された小さな舌。

命を狙われているという極限の恐怖は、どこかへ消え去っていた。




暗殺者が、とどめを刺そうとナイフを振り上げた、その時。





――シュッ!





目にも止まらぬ速度で放たれた「無形の斬撃」が、暗殺者のナイフだけを粉々に打ち砕いた。

暗殺者は何が起きたか理解できず、空を掴んだまま後退り、そのまま夜の闇へと逃げ去っていく。


残されたのは。

路地裏で恍惚とした表情を浮かべ、自分の尻尾を抱きしめて眠りこける猫耳の少女だけだった。






────────────────────

【裏トーク:騎士団の秘密チャットログ】


SERVER:至高のミミちゃんを見守る会(Online: 4)


@氷結の獅子(騎士団長)

シャドォォォォォォォ!!!

貴様の部下があろうことかミミちゃんに『禁断の粉』をキメさせやがったぞ!!!

[スタンプ:阿修羅の怒り]

[スタンプ:即刻死刑]

[スタンプ:末代まで祟る]


@公式カメラマン(暗殺者)

……弁明の余地はない。新入りの手違いだ。後で地獄の再教育を叩き込んでおく。

だが……ログを見ろ。

このマタタビ酔いミミちゃんの『ヘソ天』を。純度100%の無垢な欲望を。

これを見ても、まだ怒れるか?


@氷結の獅子

(一秒の沈黙)


@氷結の獅子

…………神かよ。


@新入り聖騎士(隣国からのゲスト)

ちょっと、いい加減になさい!!

一国の騎士団長ともあろうお方が、裏でこんな……キモいチャットを!

恥を知りなさい!!


@課金は酸素(魔導師)

おや、隣国の女聖騎士様がチャットに乱入してきましたね。

公式発表では『冷徹な正義の番人』と呼ばれている方が、我々を批判ですか。


@新入り聖騎士

当たり前でしょ!

ただの猫耳少女が転がっているだけで大の大人が……。

こんなの精神汚染でも何でもないわ、ただの変態よ!


@公式カメラマン


> > @新入り聖騎士

> > まあ見ろ。

> > これが『動画ファイル:至高のゴロゴロ(音声:にゃぁ、入り)』だ。

> > [Video: purr_rolling_catgirl.mp4]

>

>


@新入り聖騎士

見ないわよ、そんな……。

……………………

……………………

………………えっ。


@新入り聖騎士

なに、この……やわらかそうな生き物……。

……しっぽ、抱きしめた……?

……にゃぁ、って……今、にゃぁって言った……?


@課金は酸素

沈黙しましたね。落ちるまで3秒でした。

チョロすぎて心配になります。


@新入り聖騎士

……聖域(サンクチュアリ)は、ここにあったのね……。

ねえ、この子、どこに行けば会えるの?

保護(監禁)しなきゃ……。


@氷結の獅子

おい、こいつもこっち側(ヤバい奴)だ。

しかも独占欲が強いタイプだぞ。


[System Alert] -----------------------------

User: @新入り聖騎士 has donated 100,000,000 G.

Comment: "この世のマタタビ粉をすべて買い占めて廃棄します。彼女にキメていいのは私だけ。"


@公式カメラマン

新入りが一番狂ってたな。


@課金は酸素

とりあえず、ミミちゃんが路上で寝冷えしないように、私の全魔力を使って周囲10メートルの気温を25度に固定(魔導エアコン)しておきました。

あと、マタタビのデトックス費用として、彼女の靴の中に500万G相当の宝石を詰めておきますね。


@氷結の獅子

宝石は歩きにくいだろ。金貨にしろ金貨に。


【作者より】

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2026年1月20日 20:15
2026年1月21日 20:15
2026年1月22日 20:15

【悲報】私のピンチを救ってくれたクールな英雄たち、裏のチャットルームでは全員キモい限界オタクだった件。 ~固有スキル【不可避なる聖女の福音】のせいで、今日も国宝級の猛者たちが尊死しています~ あとりえむ @atelierm

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