第4話 共鳴への旅路
戦闘の余韻が消え、宿場町に静寂が戻った。
カイの放った【
ナギは大剣を鞘に収めると、膝をついて激しく肩で息をしていた。彼女の視線は、いまだに赤く火照る両手を見つめている少年に釘付けになっていた。
「……信じられない。聖騎士団の魔導師たちでさえ、『不協和』に侵された大地をこれほど鮮やかに塗り替えることはできなかった」
ナギは立ち上がり、ゆっくりとカイに歩み寄った。彼女の鎧は所々が欠け、かつての栄光を物語る紋章は煤けている。
「カイと言ったな。お前、その手で何をしようとしている」
カイは、老師レンが遺した銀糸の手袋を拾い上げようとして、手が震えていることに気づいた。一度「世界」と同期してしまった手のひらは、今まで以上に敏感に周囲の気配を拾っている。
「僕は……『共鳴の塔』へ行く。そこにある世界の心臓を調律し直さないと、この沈黙は終わらないから。老師がそう言ったんだ」
「共鳴の塔だと? あそこは今や司祭ゼロの領域だ。不協和の源泉、絶望の吹き溜まりだぞ。たった一人で乗り込んで、どうなるものでもない」
「一人でも行くよ。だって、僕の手はもう……これを知ってしまったから」
カイは手袋を嵌め直さず、自分の掌を見つめた。そこにはまだ、先ほど救った草花や、ナギの剣が取り戻した輝きの「感触」が残っている。それは呪いではなく、確かな温もりだった。
ナギは沈黙した。彼女はかつて、守るべきものを守れずに騎士団を去った。上官の裏切り、崩壊する正義。彼女の手は、ただ破壊と生存のためだけに剣を握り続けてきた。だが、先ほどカイが放った光に触れたとき、彼女の剣は――そして心は――数年ぶりに「安らぎ」を感じたのだ。
「……ふん。危なっかしくて見ていられんな」
ナギは鼻を鳴らし、再び大剣の柄に手をかけた。
「おい、調律師。その頼りない手で塔に辿り着くまで、私の剣がお前の盾になってやる。礼はいらん。私は、お前が本当に世界を変えられるのかどうか、この目で見極めたいだけだ」
カイは驚いて彼女を見た。ナギの瞳には、先ほどの戦闘中にはなかった微かな「信」の光が宿っていた。
「……ありがとう。ええと、ナギさん」
「さん付けはやめろ。私はもう騎士じゃない。ただのナギだ」
こうして、一人の孤独な調律師と、居場所を失った剣士の奇妙な旅が始まった。
二人は宿場町を後にし、北の空にうっすらと聳える「共鳴の塔」を目指した。
道中、世界はますますその輪郭を失いつつあった。かつては豊かな穀倉地帯だった平原も、今は灰色の砂漠と化し、動かなくなった農具や家畜の石像が、墓標のように点在している。
「カイ、あそこを見ろ」
ナギが指差す先、街道の脇に、黒い泥のような「不協和」に足を絡め取られた旅人の姿があった。石化が腰のあたりまで進み、表情は恐怖に凍りついている。
「……助けられるかな」
「無茶はするな。お前の力は消耗が激しい。塔に着く前に倒れては元も子もないぞ」
ナギの忠告を背に、カイは旅人の前に立った。彼は手袋を脱ぎ、ゆっくりとその石化した足に触れる。
「手は呼吸している。天に愛を、地に安らぎを……」
カイが詩を口ずさむたび、彼の「いのちの感性」が世界に伝わっていく。
万物との出会いを深め、他者の痛みを自らの掌で受け入れる。その行為を繰り返すたびに、カイの足取りは重くなるが、その瞳には次第に、老師レンが持っていたような「静かな意志」が宿り始めていた。
二人の背後では、浄化された旅人が涙を流して立ち上がっていた。
一歩、また一歩。
手の呼吸は、止まった歴史を新しく、そしてやさしく書き換えながら、巨塔の影へと続いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます