第3話 幕間〜桐谷澪〜


恋を、やめたつもりでいた…。


 桐谷澪は、自分が恋愛脳だという自覚があった。

 だからこそ、それを表に出さないように生きてきた。


 優等生であり、副委員長。

 物静かで、聞き役。


 それは全部、誰かに選ばれるための形だった。


     *


 夜。

 部屋の明かりを落とし、ベッドに横になる。


 スマホの画面には、何度も消しては書き直した検索履歴が表示されていた。


『重いって言われた』

『依存 恋愛』

『初めて 後悔』


 答えは、どこにもない。


 柳瀬は、悪い人ではなかった。

 少なくとも、澪の中では。


 優しかったし、話を聞いてくれた。


 「特別だ」とも言ってくれた。


 それだけで、私の世界が肯定された気がした。


 ――それが恋じゃなかったとしても。


     *


 澪は、自分が傷ついた理由を知っている。


 裏切られたからじゃない。

 遊ばれたからでもない。


 終わらせ方が、恋愛だったからだ。


「君は重い」


 その一言で、自分の初めても、覚悟も。

 全部が迷惑扱いになった。


 純愛は、相手の人生に責任を持たない。


 でも。

 だからといって、恋をやめられるほど、澪は大人じゃなかった。


     *


 昼間の教室での葉風涼を思い出す。


 距離を詰めない。

 期待を持たない。

 なのに、誠実。


 それは、安全圏セーフティエリア


 その言葉が浮かんだ瞬間、澪は自分に嫌悪した。


 まただ。

 また、恋愛の代わりを探している。


 でも。


「……それでも」


 独り言が、漏れた。


 彼は、最初から何も欲しがらなかった。


 だからこそ、自分が欲しがってしまう。


     *


 スマホが震えた。


 見知らぬアカウントからの通知。


『生きてるよ』


 たった一言。


 澪の指が、固まる。


 怖い。

 でも、目を逸らせない。


 恋愛脳は、希望と恐怖を同時に与えられると、必ず縋ってしまう。


 画面を伏せ、深く息を吸う。


「……私は、もう」


 恋なんて、いらない。

 そう言い聞かせる。


 けれど、心の奥では分かっていた。


 葉風涼に向けている感情は、安心でも、好意でもない。


 「今度こそ、失敗しない恋」への執着だ。


     *


 翌朝。


 澪は、いつも通りの笑顔を作った。


 期待はしないし、踏み込まない…もちろん恋をしない。


 その全部が、恋愛脳の自己防衛だと気づかないまま。


 廊下の向こうに、涼の姿が見える。


 胸が、わずかに高鳴った。


「……最低ですね、私」


 そう呟いて、それでも歩みを止めなかった。

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