ミックスベリーパイを作ろう

藤泉都理

ミックスベリーパイを作ろう




 漆黒の着物に丸めた純白の荒縄を片方の肩に担ぐという、退治屋の装束を身に着けたお団子頭につり目で長身、十代後半の少女、野末のずえは今、二人の男性の間に立っていた。

 一人は、天然パーマの長髪、糸目、猫背、ぽっちゃりの長身。

 もう一人は三つ編み、垂れ目、ぽっちゃりで低身長。

 二人共に四十代後半。


「では、お話を聞かせていただきやす。あんたからどうぞ」


 野末は天然パーマの男性に掌を向けて言った。

 天然パーマの男性は待っていましたと言わんばかりに前のめりになって言った。


 俺たち、ミックスベリーパイを作った仲じゃないか。






 野末が所属する組織に或る依頼が舞い込んだ。

 俺たち、ミックスベリーパイを作った仲じゃないか。

 そう、話しかける男性が町のあちらこちらで出没するのだという。

 今のところ、被害はなし。

 話しかけて来るだけで、否定したらすぐに姿が消えるらしい。

 放っておいても問題はないが、気味が悪いので退治してほしい。

 危険性が極めて低い依頼という事で、下っ端の野末に回って来たのであった。




 出没時間がばらばらだったので、町の中をひたすら歩き回ろうと考えていた野末であったが、この町に足を踏み込んで三時間後。運よく遭遇したのである。

 通称、ミックスベリーパイおじさん。

 そして、


「いいえ。私たちはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作った仲です」


 三つ編みの男性に。




「俺たち、ミックスベリーパイを作った仲じゃないか!」

「いいえ。私たちはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作った仲です」

「つまり二人共、ミックスベリーパイ、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを共に作った誰かを探しているという事でよろしいでやんすか?」

「いいや。俺たちはミックスベリーパイを作った仲だ」

「いいえ。私たちはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作った仲です」

「いいや。俺たちはミックスベリーパイを作った仲だ」

「いいえ。私たちはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作った仲です」


(………お互いにお互いをきちんと認識しているんでやんしょうか? 知り合い? 見知らぬ人? 知り合いだったら死んだ事による記憶の混濁、齟齬。ミックスベリーパイとシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ。分類するならば、フルーツケーキとチョコケーキ。アメリカ発祥とドイツ発祥)


 野末は言い合う男性二人の顔写真を特殊な電子機器で撮影し、組織にデータを送信。

 十五分が過ぎようとしていた頃に、組織からデータが送信された。


 天然パーマの男性の名前は、紫竹しちく

 三つ編みの男性の名前は、煙嶂えんしょう

 共に公務員で同居人、趣味はケーキの食べ歩きだったが、ケーキ作りも始めたばかりだったらしい。


(その作っていたケーキがミックスベリーパイか、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテか。よし)


 野末は紫竹と煙嶂の首根っこを掴むと、近くのアジトへと疾走したのであった。




「さあ。思う存分に作りなせえ」


 組織の数ある内の一つアジトにて。

 ミックスベリーパイ、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテどちらともの材料も調理器具も揃えたキッチンの前に立った野末は言った。

 俺たち、ミックスベリーパイを作った仲じゃないか。

 私たち、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作った仲です。

 未だにそう言い合う紫竹と煙嶂に。


「ミックスベリーパイ、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ。どっちも思う存分に作りなせえ」



















「………」

「お。無事に退治できたな。野末」


 野末と同じ退治屋の装束とゴーグルを身に着けた二十代前半の男性、かがりは、野末よりも身長が低いため野末を見上げながら言った。


「私は何もしてないでやんす。ただ、紫竹と煙嶂が協力して作ったミックスベリーパイを食べたら、急に白目になって倒れたでやんす」


 野末は床に倒れ込んだ紫竹と煙嶂を見下ろすと、片方の肩に担いでいた純白の荒縄を手に取った。


「お。急にやる気を出したねえ。野末。けど。二人に遭遇した瞬間にさっさとやればよかったのに。いつ化けるか分かったもんじゃないってのにねえ」

「不甲斐ねえ事に、私にはその力がないもので。二人を僅かでも正気に戻さないとだめだったでやんす」

「そうだよねえ。きみは退治を引き延ばす。だからいつまで経っても下っ端」

「へえ」


 野末は丸めていた純白の荒縄を勢いよく天井に投げかけては呪文を紡ぎ続けていると、紫竹と煙嶂の姿は消えてしまったのであった。


「………では私はまだ用事がありやすので失礼しやす」

「あらら。つれないこ」


 突如として姿を消した野末に、篝はにんまりと美しい笑みを湛えたのであった。















 一緒にケーキを作ろう。

 紫竹から初めてケーキ作りに誘われました。

 ケーキを作るならば、おまえが好きなシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテがいいのですが、いかんせん、私たちの料理の腕は壊滅的。見た目は完璧なのですが、味が。そうと分かってからお互いに料理を封印していたはず。なのに、一緒にケーキを作ろうなんて。とても不安なのですが、いつまでも料理好きな友人の手を借り続けるわけにはいきません。お互いに大好物のケーキから、料理の腕を一歩また一歩とよくしていきましょう。

 え。ミックスベリーパイがいいのですか。

 まあ、いいですが。

 では次は、おまえが好きなシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ。

 これは譲りませんよ。

 え。次はない。

 ケーキを、いや、甘味を封印しよう。

 ダイエット効果があるミックスベリーで作るパイを、ダイエットを始める決意にして最後のケーキにしようだなんて。

 嫌ですよ。

 私はダイエットなんてしません。

 ケーキに殺されるなら本望です。

 ダイエットしたいならおまえだけすればいいのです。

 え。

 何ですって。

 一人じゃダイエットできない道連れがほしいだなんて。

 嫌ですよ。

 泣いても嫌です。

 それは。

 私だってまだ本当は死にたくないですけど。

 まだまだまだ食べたいケーキがあるのですから。

 でもそのためにケーキを封印するなんて本末転倒です。

 ダイエットが成功したら、少しずつ食べればいいと言われましても。

 ええ。

 ええ。分かりました。

 ダイエット。します。

 では、ダイエット開始の狼煙であるケーキにミックスベリーパイを作って。

 ダイエットが成功したら、おまえの好きなシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作りましょう。















「………煙嶂。やっぱり、俺たちは料理は止めた方がいいと思う」

「………ええそうですね。と、同意したいところですが、諦めないで、指南を受けながら頑張りましょうよ。紫竹」


 協力して作ったミックスベリーパイを食べた瞬間、意識を失った紫竹と煙嶂は、三か月間の昏睡状態から漸く目覚めては医師から説明を受け終わったところであった。


「なあ。これって、一応、ダイエット成功に、なんのかな?」

「三か月間眠っている間に、体重は減っているのです。ダイエット成功。ですよ。退院したら、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを作りましょう。指南を受けながら」

「ああ。厳しい指南を受けながらな………なあ。煙嶂」

「何ですか?」

「………いや。何でもない」


(ダイエットを頑張ろうって話だったけど、自分だけこっそりケーキを食べるつもりだっただろう。ダイエットの決意のミックスベリーパイを一緒に食べておきながら裏切る気だっただろう。なんて、煙嶂を詰ったってどうしようもないしな。あれは、夢だったんだよ。ただの夢。実際に、煙嶂はケーキを食べずに意識を失っていたわけだし。俺を裏切ったわけじゃない。なんといっても結果的にダイエットは成功したんだ。よしとしよう)


「せっかくダイエットに成功したんだ。これからはケーキの食べ過ぎに気をつけような」

「ええ。お互いに気をつけましょう」




(大丈夫でやんすね)


 紫竹と煙嶂が入院している病室の近くの、大きな杉の枝に座りながら様子を伺っていた野末は、ひそやかに溜息を吐き出した。


(生霊が化け物になって他者や建物、自然物に危害を加える時もありやす。そんな時には冷酷無比に退治しなければなりやせんが。今回はそうならずによかったでやんす。まあ。退治する事態にはならないと判断されたので、私が派遣されたのでやんすが)


 食べ過ぎないようにしてくだせえ。

 野末は呟いてのち、アジトへと戻ったのである。

 調理器具とラズベリーパイの後片付けをするために。


「篝先輩。あんた。何やってんでやんすか?」


 いやあぼくの鋼の胃なら美味しく消化できると思って。ほら。捨てるなんてもったいないじゃん。味はともかく見た目は綺麗にできているわけだし。

 そんな篝の声が聞こえてきそうな気がした野末。残っていたはずのラズベリーパイは跡形もなく、代わりに至福に満ち足りた笑みを浮かべて床に倒れる篝を見つけては、溜息しか出ないのであった。











(2026.1.19)



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