魔女と魔女監督官
夜々クタ
第1話『出逢い』
『何人であれ、悪魔と契約し、邪悪な意図をもってその力を行使する者は極刑に処す』
―――バスティア王法典第三部第三章「魔女の根絶に関する規定」第一条。
*
深い森の奥の開けた場所に、一軒の建物が建っている。
教会を思わせる造りのそれは居所もさることながら、真白の外壁が陽の光を纏うことで神聖な雰囲気を纏う。
建物の表札には、『少女魔女院』と記されている。
施設の玄関口に、制服だろう黒色のワンピースを着た初老の婦人が一人立っていた。誰かを待っているような佇まいでいる。周りに人の通れる道がある訳でもない場所だが、しばらくするとちょうど婦人の視線の先の場所に光が起こった。
婦人が反射的に瞼を瞑り、そうしてまた開いたときには、そこに二人の人間が立っている。
一人は肩元で艶やかな黒髪を切りそろえた、深紅の瞳と切れ長の目じりをもつ端麗な顔立ちをした少女。もう一人は厳めしい顔つきをした壮年の男だった。
二人が歩み寄ってくるのを見ると、婦人はまず男に向け、ドレスの裾を摘まみ深いお辞儀をする。
「ご足労いただきありがとうございます。司祭様」
男は小さく頭を傾けて礼をする。
「ご無沙汰しております、院長」
顔を上げた婦人は彼から、彼の傍に控えた少女に目を移す。
「そちらの方が…」
少女は制服の右胸に縫い付けられた、首輪と剣の紋章/ワッペンに手を当て謹厳な礼をした後、顔を上げる。
「『魔女監督官』の、セズ・アルトシュタインと申します」
*
「貴女様が監督なされる魔女は、とても強力かつ残虐な者です」
婦人を殿に、三名はこの施設の回廊を歩く。アーチ窓が並ぶ壁面からは贅沢なほど陽光が差し込んでいた。
「九歳の頃に捕縛されましたが、その時は十数名の神聖術士が重傷を負い、うち何人かは死亡しています。…これから首輪が付くとはいえ、くれぐれもお気を付けください」
セズの表情は揺らがない。
「問題ありません」
淡泊過ぎる応えに感じたのだろう、傍らの司祭が言葉を足す。
「アルトシュタイン監督官は弱冠十七で監督官資格を得た、我が神聖術士養成校史上稀に見る英才です。今回の事案に相応しい実力を備えていることは、私が保証いたしましょう」
「ええ、お話は伺っております…。けれどどうか情を移しませんよう」
彼女は憎悪に翳った面持ちで言う。
「魔女は見た目こそ人と同じですが、その魂は穢れています。あれらは生来悪魔の眷属で、人を傷つけることを本分とする生き物なのです」
「ご心配いりません」
セズは端然と応える。
「私が魔女に心を許すなど、あり得ないことです」
婦人は一度セズに視線を送ってその顔を確かめ、それ以上の言葉は要らないと思ったのか口を閉ざした。
突き当りにある扉の前で、婦人は立ち止まる。セズは扉を見つめて、問いかける。
「この先に『魔女』が?」
「ええ」
セズが静やかに拳を握りしめる傍らで、婦人が扉を押し開けた。
壮麗な礼拝堂の内側は、ステンドグラスを通した陽光の輝きに包まれていた。
セズは視界の先に、一人の少女が壇上に立っているのを認める。
背後のステンドグラスに視線を向けていた彼女は、扉が開く音に気付いて振り向いた。
セズは息を呑む。
肘まで届く黄金色の長髪と蜂蜜色の瞳。白いワンピース型の制服を身に纏った少女は、光に包まれて神聖なほどの輝きをその輪郭に纏う。
少女はセズを見つめて、つぶらな瞳をおおきく見開いていた。
いくらかの沈黙が流れた後、礼拝堂に少女の声が反響する。
「君が、私の監督官さん…?」
セズが彼女の容貌への衝撃からまだ立ち直っていない間に、少女は壇上を降りてすたすたとセズの目の前まで近づいていく。足取りはそのうちほとんど駆けるようになって、セズの元に至ったときにはその勢いのままセズの手を両手で挟んでずいっと身を乗りだす。
「かんわいい~~~!!」
輝いた瞳ではしゃいだ声を上げる、鼻先まで顔の寄った彼女にセズは呆ける。
「ねえねえ名前はっ!?わたし全然何も君の話聞いてないの!歳はっ?好きな食べ物は何っ?私はハニーケーキだよ!」
間近に迫る彼女のきらきらとした瞳の輝きに思考が止まりかけて、けれどハッと持ち直したセズは彼女の手を振り払う。
「ッ触れるな!」
彼女から距離を取るように身を引いたセズに、少女はきょとんとしている。我に返ったセズは、目の前の彼女に対し自分が感じるべき感情を即時に思い出す。
「魔女め」
憎しみの籠った呟きを零す。
「監督官様っ」
「大丈夫です」
背後から声をかけてきた婦人に、ほうけた顔持ちの彼女を睨みつけながらセズは言う。
「早急に、『儀式』を執り行いましょう」
礼拝所最奥のステンドグラスを傍に、二人は壇上に向かい合って立つ。司祭と婦人は離れた場所から儀式を見守っている。
セズが小さく唱えると掌の上で光が瞬いた後、二つの銀色の首輪が現れる。首輪は其々蝶番を軸に半円状に開いており、片方を目の前の彼女に差し出す。
「付けろ」
しかし彼女はその首輪を手に持ったまましばらく魅入る。
「うわあ~~これっ『カラード』の首輪っ!?本物っ?」
セズは眉をひそめて問う。
「何をそれほどはしゃぐ…」
「だって、わたしずっとカラードになりたかったんだもんっ」
彼女は心から浮かんでいるような笑顔を見せる。セズは惑い、儀式の前にそれ以上彼女と話していたくないと思ってぶっきらぼうに伝える。
「いいから早く付けろ」
自分のそれを首に付け、やがて目の前の彼女もつけたのを確かめたところで、セズは問う。
「お前、名は」
「フュナっ」
「魔女。これからすることは解っているな」
「ええ、フュナって呼んでよっ」
「黙れ、魔女。儀式に必要だから名を聞いただけだ」
セズは彼女の手を取り、静かに伝える。
「始める。…じっとしていろ」
「うん…終わったら呼んでね、名前」
フュナとセズは共に目を瞑る。セズは意識を集中させ、やがて『言葉』を唱えだす。
「『聖約する』」
それは『神聖語』と呼ばれる、この世界の人類に遥か昔に神が伝えたとされる言葉である。
その言葉の音の響きを魂に宿る力を籠めながら声に出すことで、または文字を刻むことで神聖な力が宿る。これを扱う術を『神聖術』と言う。
「 『我、主に身を捧げし術士セズは、ここに誓わん。汝が内に宿る魔女の禍々しき力を封じ、正しき道へと導くことを。この誓約を違えし時、我は主の厳罰を甘んじて受け、その罪を贖わん。
汝、魔女フュナよ。 我が命に違わず、その穢れたる魂を人々の救済へと捧げよ。この誓約を破りし時、汝に待つのは逃れ得ぬ死の審判のみである。
汝、この誓いを受け入れるか』」
聖なる光に包まれるフュナは、瞼を瞑ったままほほ笑んで応える。
「『喜んで』」
承諾でさえあれば別に応え方は何でもよいのだが、セズは若干眉を顰めた。しかし儀式を敢行するため、言葉を続ける。
「『神の名をもって、ここに二人の魂を結ばん』」
互いの首輪が光り輝き、ほどなくして今しがた唱えた神聖語が文字となってそこに刻まれる。フュナはゆっくりと瞼を開くと、心からうれしそうにセズの手を取ったまま言う。
「これからよろしくねっ」
――この魔女との出逢いがこの先の己の運命を大きく変えることになるとは、このときのセズは予想だにもしていなかった。
魔女と魔女監督官 夜々クタ @u057417
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