第6話

玄関のドアを閉めると、

家の空気が、学校より少しだけ重く感じた。


彩葉は靴をそろえながら、

指先に残った“あの感触”を思い出す。


(……叩いたんだ、私)


ティンパニの皮の、

少しだけ温かい表面。

スティックを握ったときの、

手のひらの汗。


全部が、まだ指先に残っている気がした。


「彩葉ー?帰ったのー?」


リビングから、お母さんのはっきりした声が聞こえる。

明るくて、元気で、距離が近い声。


「……うん」


返事は小さくなる。

学校では少しだけ前に進んだのに、

家に入ると、いつもの彩葉に戻る。


お母さんが近づいてきて、

彩葉の肩をぽん、と軽く叩いた。


「今日どうだったの?体験入部!」


(……近い)


胸の奥で、小さくつぶやく。

声には出さない。


「吹奏楽?美術?どこ行ったの?」


彩葉は、視線を落としたまま、

ほんの少しだけ息を吸った。


「……ちょっとだけ、吹奏楽」


それだけ言うのに、

胸の奥が少しだけ熱くなる。


お母さんは明るく笑った。


「へぇ〜!珍しいじゃん!」


肩をぽんぽん叩かれる。

そのたびに、胸がざわつく。


(……もういい)


でも、言葉にはしない。

言えない。


「……部屋、行く」


「はーい」


階段を上がる足音が、

いつもより少しだけ軽かった。


部屋のドアを閉めると、

静けさが戻ってくる。


彩葉は、ベッドの端に座って、

そっと手のひらを見つめた。


(……また、叩きたい)


その気持ちは、

まだ言葉にならないほど小さい。

でも確かに、胸の奥で震えていた。

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