推しの手

はな

第1話 アオイくんの右手

 わたしは今、アオイくんの右手と暮らしている。

 アオイくんは、やっと最近売れ出して来た舞台俳優だ。そしてわたしの最推し。


 アオイくんの手との出会いはもう、運命的だった。

 推しの演じる役をイラストに描いてSNSに投稿していたわたしは、画材屋さんにいた。そこで、手のモデル人形を眺めていたのだ。

 最近の手のモデル人形は、シリコン製でかなり精密だ。本物の手と並べても遜色ないほどリアルで、肝試しに使ったら絶対に怖い。


 わたしが若い頃は、モデル人形なんて全身でも手でも木偶でくの坊だったのになあ。そんなことを考えつつ、一つ買おうかと思って眺めていた。

 そうしたら、そこにいたのである。アオイくんの右手が。


 いやもちろん、人間の手じゃないことは分かっている。

 だけど、シリコンの肌は日本人らしくちょっと黄色くて、それでいてほっそりと長い指は完全にアオイくんだった。


 一気に鼓動が高鳴って、その手をにぎった。同時に、足が震えて仕方がなかった。

 わたしなんかがお迎えして良いのだろうか。でもここで置いて帰ったら、他の女が彼を独り占めしてしまうことになる。

 わたしはやっぱりお迎えしたいとここに来て、もういないアオイくんに絶望するのだ。後悔の念に責め立てられながら、アオイくんを求めて街をさまよう……。


 いやだ。

 わたしはアオイくんの手を優しくなでた。ねえ、わたしと一緒に行こう、アオイくん。

 彼は、なんだか嬉しそうにしていた。ああ、わたしと同じ気持ちなんだ。

 高揚した気持ちを押さえきれず、アオイくんを抱いてその場でくるくると回った。


 こうして、最推しのアオイくんの右手と、わたしの生活が始まったのだ。


   * * *

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