地球はやっぱり青かった。
1961年4月12日、人は初めて母なる大地を離れ、その正体を見た。
まさに冷戦時代とも言われる時期に起こったその出来事は人類の進歩を象徴したと同時に繰り広げられていた宇宙開発競争に片方の陣営がとりあえず勝利したことを示した。
よくこの偉業は“地球は青かった“という名言と共に紹介される。
地球は青かった、なるほどもしかしてきっと
ガガーリンはこう言いたかったんじゃないかな。
まだ世界は美しいと、
人類もまだ捨てたものじゃないと、
1900年代後半といえば環境問題、冷戦、とにかく冷や汗をかく様な時代であっただろう。
まさに冷戦の主戦場、宇宙開発競争の第一人者がこんなことを言えば、何とも深く、考察したくなるのはヒトの性ではなかろうか?
全く余地のある言葉とはなんて心惹かれるものだ。
余地は我々に可能性を与える。限られた情報を我々の豊かの想像力で補うことでより良いものが生まれる。これこそまさに芸術ではなかろうか?
聖アントニウスの誘惑という絵画がある。元々は書籍であったわけだが、過去の芸術家はどうやらこれを視覚化しようと試みたらしい。実際この題材の絵は数多くあるものの全く同じものはない。程よく余地を残した芸術は新たな芸術を生み出す、ようである。
どうだ、見てやろうではないか、美術の蓄積とやらを。
これは英語のテストを大失敗した1週間後の話である。何ともやりきれない気持ちになってその英語の文章に八つ当たりしようとして
美術館にいた。
それと同時に美術館に街を歩くときの感動を見つけようとしたのだ。
何ともバカな話である、と今思った。
この半年間私の自由な時間はすり減り続け、どうやら残った時間を効率化しようと試みたらしい。
街を歩くより、より高尚だろう美術館に現れ、、絵を暴食した。
美術館というのはとても非日常的である。
また考えるための場所なのかもしれない。
美術館にわざわざあるわけなのだから一枚一枚の絵に最もらしい意図があるはずだ、と勘繰ってしまう。きっとみんなそうだろう。いやそうでなくては困る。
そうじゃないなら私は絵の前に長く留まって神妙な顔持ちをした不審者ではないか、、
とにかく印象派の作品を見て、、考え続けた。モネはこうだとか、ドガの絵は一貫して、、とか何とか。
一体どこに街で歩いたときの主体的な感動があるんだ?絵によって強制的に考えさせられ続け、ついに頭はパンクしてしまった。
あるかも分からないものを考えるのはなんて疲れるのだ、
さぁコロンブスも船の上でこんな気持ちだったんだろうか、先の見えない場所での船酔いほど気持ちの悪いものはない。
絵を見る人っていうのは、観察者である。
絵には全く関係がないわけだし、描かれた時代が離れていれば、全くそのときの美学というのは理解できないものである。絵自体の価値判断をしている、わけである。
ある意味絵にとって公平でありながら、不公平でもある。
しかし絵の説明を見た瞬間絵の見え方は変わり、観察者は関係者にされる。一体地球表面から地球そのものは見えるだろうか?
と、思っているので説明を気にせず、自分なりに考察して、評価をし続けた。
説明によって縛られるはずだった想像力は何とか生き残ったわけだが、少しずつすり減った。
写実的な絵画は想像力が入る隙間などなく、ピカソのキュビズムは私をひどく混乱させた。
少しずつ自分の意識は沈んでいく
私はきっと今おかしい
そんなこと思った、どうやら絵の魅力を知るために美術館に来たはずなのに違うものを私の中に見つけてしまったらしい。いきなり大気圏外に吹き飛ばされ、私は地球を見た。
地球はまだ青かった、、
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白鳥は白波を見る mitukochi @mitukot
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