白鳥は白波を見る

mitukochi

OH MY CAR

とある先生がこう言っていた気がする。

"人はすべてを持って生まれるけれど、それは少しずつ擦り切れていって最期には何も残らない。"

実際、そうなんだろうと最近気づいた。すでに崇高な大切なものはいくつか失った気がする。きっと次に失うのは時間だろう。そしたらきっと寄り道なんて、ただの無駄でしかなくて目的地にはハイウェイでも使って行くんだ。しかし高校生は過程こそが実である。大学受験のことは一旦忘れておこう。



 高校2年生になって散歩を覚えた。散歩といってもただの散歩ではない。なんというか幽体離脱みたいなもので、自分に新しい視点を提供してくれる。始めた理由は単純だった。電車で通過する駅、そして地上には何があるのだろうと思ったからだ。今、インターネットなんかで誤魔化されているし、昔と比べて世界は広くなったとか、グローバリズムとか言われているけど、なんら広くなってなんかいない。勝手に行ったつもりになって実際見ていないのにピラミッドとかピサの斜塔という日本人からしたら奇妙な建築物を信じている。そして人々は車や電車、飛行機で目的地に向かう、ポケモンで言うなら"そらをとぶ" を繰り返し使っている感じなんじゃないだろうか。だから道端に落ちてるアイテムに気づかない。人にとって生きている世界は点の集合になって世界中に散らばっている、結局世界は狭くなってるんじゃないか?


 世界に、東京ほど歩きやすい場所はない。街は関東平野中に広がり途切れることはない。基本道も舗装されている。なぜ歩かないのか、なぜ点と点の移動に多くの時間を使うのか。手始めに早稲田だ。この関東で広い自分だけの地図を頭の中で作り上げることを決意した。

最初の散歩から大きな発見が多くあった。それは美味しい駄菓子屋に始まり、日本の社会人の"生態“にまで至る。学生からしたら社会人っていうのは朝から夜まで働く“神話生物“でしかない。まず自分はよっぽど将来そうなれるとは思わない。とはいっても実際夜の道では大きな声で騒いで、なんとも夕方からは想像できない姿をしているわけであるから面白い。高校生というのは夜の繁華街では透明である。酔っ払いは気にしようとしないし、居酒屋のキャッチは声をかけてこない。学生服は言うなら透明マントだ、自分を観察者にしてくれる。それで、居酒屋っていうのは多分ガソリンスタンドだ、きっとそこでナニカをチャージするんだろう。

夕方社会人は外回りと言ったことをして、街を歩き回る、それもすごい速さで。ゆっくり歩いている自分は到底邪魔だろう、眺めているととても不安になる。そのスピードには自分は到底ついていけない。俯瞰していた幽体は一気に自分の体に戻る。どうしても何か考えざるを得ない。


車を速くするには、荷物を下ろさなきゃ。

だから全ての無駄を取り払って進むっていうのが理想的な社会人なんだろう、なれるだろうか。

みんなの場合アルコールとかいうのがなんとかしてくれたのか?それなら20歳になったらその魔法のアルコールにあやかってみようじゃないか、、


いや自分から動かねば、

車体が軽くなった車は走り続ける、

いったいゴールには何があるんだろう

インターチェンジで手間取っているとクラクションが鳴る、そして長い車列は自分の車をハイウェイに押し入れた。

高校3年生やっとハイウェイに乗り始めたところである。

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