第2話 モンスターと災害

 地球上にはじめてモンスターが出現するようになった時期はわかっていないが、少なくとも記録に残っているもので最初とされるのは、今から約50年前のことだった。ウサギかモルモットくらいの小さなものから、クマやゾウのような大型のものまで。ただその姿は、地球上のどんな生物とも一線を画す、不気味なものだった。

 緑色の皮膚をもつもの、顔らしき部位の中心に目のような大きなガラス質がひとつだけついているもの、肢が5本や6本あるもの、体に対して大きすぎる角や牙をもつもの。地球上のどんな生態系にも属さない、完全な未知の生き物。

 食事をとる様子は観察されず、繁殖行動も不明、どこから出現したのか、どうやって生まれてくるのかも未だわかっていない。

 神の怒りか、宇宙からの侵略者か、大国の陰謀か。さまざまな説がささやかれたが、どれも根拠に乏しいとして、検討されることはなかった。

 それらをラベリングする名称もなかったが、誰が言い出したのか、「映画に出てくるモンスターのようだ」と。それ以来、未知の生物群を総称して、モンスターと呼んでいる。

 モンスターは世界のどこかで局地的に現れ、同じ方向へ一直線に走り出す。どうしてそんな行動をとるのか、走った先に何があるのか、一切分かっていない。

 モンスターは道中で農作物を踏み荒らし、住居を破壊し、時には人間を襲った。厄介な生き物として長い間嫌厭されていた。人々は簡易的な住居にこもって暮らすほかなく、農業をはじめとするその土地の産業は一瞬で崩壊した。

 やがて、モンスターが一度出現した土地には、二度とモンスターが湧かないことが明らかになった。そうして人々はようやく、壊されたのよりも何倍もの時間をかけながら、少しずつ復興を試みるようになる。

 それでも人類の不安は消えない。局所的に出現し、一瞬で暮らしを破壊していくモンスター。それが次に出現するのは、自分が暮らす町かもしれない。

 世界のどこかの町が一瞬で崩壊し、復興を試みる一方、また新たな町が破壊し尽くされる。それは地球上どこでも起こり得て、30年間で50か所を超える被害が出たといわれている。


 今から16年前。日本ではじめてモンスターの出現が確認された。

 場所は、田舎といって差し支えない、山間部に位置する穂積(ほつみ)市。かつての藩主の居城であった穂積史跡公園を中心に、古い官公庁街と住宅街があった。中心部を少し外れると一帯には稲作地帯が広がり、水田を割るように大きな川が流れている。その川が運んだ土が永く堆積した平らで広大な土地に、大規模な軍の駐屯地があった。

 訓練施設、官舎、軍病院。田舎町に似合わない大きな建物が連なる光景はどこか異様なものがあったが、市の外縁をふちどる青い山々も合わせて、自然豊かな場所であったといえる。

 そんな豊かな土地に、突如として小型~中型モンスターが大量に出現した。どこから出現したかは不明であり、その異常な発生を、ゲームの世界にたとえて「モンスターが湧いた」と表現する人もいる。

 モンスターは駐屯地の北側から前触れもなく湧き、一直線に南下した。その数は1000とも、2000ともいわれており、はっきりしたことは分かっていない。

 穂積もまた、世界中で被害を受けた村や町と同じ道をたどった。

 しかし幸運だったのは、潤沢な装備を持った軍の駐屯地が、市内にあったことだ。

 緊急出動した軍によって、モンスターは駆除された。収穫間近だった稲は踏み荒らされ、古い城下町と城砦跡は破壊され、何人かの怪我人は出たものの、人命は失われなかった。

 田舎町の産業が軒並み破壊されたことに変わりはないが、世界的に見れば、被害は軽微といえた。モンスターが湧いた町で死者が出なかったのは、世界で初めてのことだった。


 しかし、「一度モンスターが湧いた土地には、モンスターが二度と出現しない」というセオリーが世界で初めて破られたのもまた、この穂積だった。

 一度目の出現から2週間後。またも大量のモンスターが、同じように出現した。軍は再度緊急招集され、モンスターを一匹残らず駆除した。一度目のモンスター出現で被害を免れた一部の水田は、この二度目の出現で蹂躙された。幸いなことに、死者はでなかった。


 さらに12日後、再び穂積をモンスターの大群が襲う。二度目の襲来をうけて全国から集められた精鋭部隊が、モンスターの駆除にあたった。前回よりも迅速に駆除がなされ、一般市民には犠牲者がでなかったが、九州・沖縄からの部隊において、2名の殉職者が出た。


 5万5千いた穂積市民は、農地や家を放棄し、全員市外に避難した。

 もともと2千名を擁した穂積駐屯地には全国から1万人の軍人が追加で召集された。放棄された農地を転用し、巨大な駐屯地が再編成された。また、モンスターの生態を研究する学術機関、傷ついた兵士を治療する大病院が併設された。


 穂積へのモンスター襲来から2年後、つまり今から14年前。食事や休息を一切とらずに活動し続けるモンスターの動力源として、体内に未知の物質が存在することが明らかになった。その動力源は化石燃料や原子力をはるかに凌駕するエネルギーを持つことがわかり、人々はそれを「高エネルギー体(HET)」と名付けた。

 さらに研究が進み、モンスターを安全に処理する技術が確立してから、HETによる発電が実用化されるのにそう時間はかからなかった。一回で湧くモンスターにつき、日本で消費されるエネルギーの約1か月分を賄えた。その間もモンスターは、平均して13日に一度の頻度で湧き続けた。

 人々の財産を、美しい自然を、時には人命をも蹂躙する厄介者は、たちまちこの国の、そして人類の、エネルギー問題を解決する救世主に成り上がったのだ。


 人類は無限のエネルギーを手に入れた。ほとんどのエネルギーを化石燃料の輸入に頼っていた日本は、瞬く間にエネルギー大国としての地位を手に入れた。数十年にもわたって、長らく日本を覆っていた不景気の重い空気は取り払われ、世界一の経済大国となった。

 モンスターが湧く最前線である穂積市には、現在、効率よくHETを採集するための軍の駐屯地がある。またその後方には多くの軍人が寝泊まりする宿舎と、この国最大規模の発電所がある。俺たちが通うこの国立エネルギー総合大学と、全学生の生活の場である学生寮も、エネルギーに関する研究や人材育成の場として、広大な敷地をもって作られた。もともと傷ついた兵士たちを治療するための施設だった病院は、現在では規模を拡大し、研究機関としての側面も兼ねた、大学病院となっている。

 自然豊かな稲作の町だった穂積市は、HETのための軍事都市へと変貌した。

 


 そしてあの日——モンスターによる世界最悪の大災害がもたらされたのは、今から8年前のことである。

 穂積市の隣、青い山々を切り開いた峠の道を超えた先。スキーリゾートと温泉街で知られていた平和な田舎町、瑞白町に突如として、前例のない「超大型モンスター」が襲来した。


 瑞白大災害。

 穂積市外でモンスターが出現した唯一の事例。かつて観測されたことのない巨体、全身から炎が噴き出す怪獣。穂積市に駐屯していた軍が撃退に出動したが、結果的に、未曽有の大災害となった。はじめの一瞬で、瑞白町の役場や警察、消防などの公的機関に加え、電波塔や無線局などのインフラが破壊されてしまったことで、初動の遅れにつながったのではないかとも指摘されている。


 建物の崩壊、町一帯を覆う大規模火災、複数個所の雪崩や土砂崩れ。この出来事により瑞白町は人口の9割を失い、700人ほどの生存者は全員、町外に避難した。

 瑞白町を襲った超大型モンスターは、現在は通称『カグツチ』と呼ばれている。カグツチは軍の3日間にわたる砲撃により活動を停止、現在は休眠状態と思われるが、カグツチの体から放出され続ける有害物質により、現在も瑞白町全域が帰宅困難区域となっている。

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