キャンバス

あの日以来、

緋心は蒼馬と距離を取るようになった。




話しかけてはこないが、

ふとした時に視線を感じる。



気味が悪かった。




あれから何も掴めていない。


わかっているのは、

彼女が勇姫だということ。



自分のファンネームを知ってるなら、


もしかすると

協力者がいるのかもしれない。




彼女は男女問わず人を虜にしてしまう。





男には距離感が近めで、愛嬌を振りまく。


女にはノリがよく、気取らない。


男にモテているのを鼻にかけず、全く

興味がない感じが僻まれないのだろう。



お年寄りには笑顔で挨拶し、率先して

手を貸そうとする。




傍から見れば、

非の打ち所がない美少女だ。




蒼馬にはそれも計算に見えて、

全方面に味方を作ってるように思える。



きっと、父親を殺す前から

外堀を埋めていたのだろう。




彼女を勇姫と崇める連中も、


正体を知ったところで

うまく手玉に取られるとわかる。






蒼馬が一番恐れているのは


これから夏休みに入り、その間

緋心の行動が掴めないことだ。




さすがに毎日彼女のプライベートを

見張るわけにはいかない。




父さん…頼むから夢で知らせてくれ……


蒼馬は近くにいるであろう父に

望みが薄いお願いをした。




女子達の会話からは

出かける予定など

わかることは一切なく、




そのまま夏休みを迎えてしまった。




緋心のインナーカラーは


少しずつ、


赤から茶色に退色していた。





***




夏休みだし、夜更かしして

昼まで寝ようと思うも、


朝は蝉の掛け合いで目が覚める。



カーテン越しでも

陽射しの強さが伝わり、


蒼馬はエアコンの温度を下げて

二度寝する。




そんな毎日を過ごしていた。






夏休みに入り、2週間が過ぎた朝。





毎日のようにエアコンの温度を下げて

二度寝すると、





あの日…夢裡駅で見て以来の

夢を見た。









辺りは薄暗くなり、蜩が鳴いている。





緋心は黒地に白・桃色・赤の、

段々と色付いていく梅の花が描かれた

浴衣を着て、下駄を鳴らし歩く。



前を歩く浴衣の親子連れは、

手を繋いで楽しそうに道を歩いている。




緋心はその様子を少し寂しそうな顔を

しながら見つめ、後をついていく。




少し歩くと、神社の入口に着いた。



参道の両端には屋台が連なっている。




人波をかき分け、狛犬の前へ着くと、


そこには同級生の黒田と紺野、

梶白がいた。




4人はりんご飴を買って食べながら

屋台を見て周る。



緋心は狐面を買い、後頭部に付けた。




その後も金魚すくいやヨーヨー釣りを

楽しみ、神社を後にした。




緋心以外の三人は影になっていて、

誰が誰だか認識が出来ない。




歩き進めると、二人が緋心達に

手を振り別れていく。



そして最後に残った一人はは、

緋心の少し前を歩く。




そして急に立ち止まり、

彼女がしゃがんだ瞬間



緋心は狐面を正面に付け、


巾着から果物ナイフを取り出し、

思い切り振り下ろした。



彼女の手からはヨーヨーが転げ落ちて、

元々描かれている水玉模様に混じり、


返り血がついている。







蒼馬は飛び起きた。


心臓に手を置いて、バクバクと鳴る

鼓動を落ち着かせようとする。




5分くらい経つと落ち着き、

ベッド脇に置かれた500mlの水を

一気に飲み干した。




ペットボトルのゴミをクシャっと

握りしめながら2階の階段を駆け下り、


ソファに座りスーパーのチラシを眺める

母に尋ねた。






蒼馬「あのさ、今月どこかで祭りある?」




母「起きてきたらまずおはようでしょ。


お祭り…?あー確か今週土日の二日間、

梔子神社でやるわね。場所は蒼馬の高校と

夢裡町の間らへんよ。知ってるでしょ?

昔お父さんと三人で行ったじゃない」





梔子神社があるのは桜花市。

夢裡駅の隣が桜花駅だ。




緋心以外の三人は、桜花市から

高校へ通っている。




緋心が住む夢裡町は小さい町で

桜花市に近く、梔子神社も夢裡町寄り。

徒歩でも距離はないだろう。



夢の通り、全員が徒歩で

祭りに行く事ができる範囲だ。





蒼馬は急いで桐原と香取に連絡し、

祭りに誘った。



夢では緋心達が土日のどちらに

行ったのかがわからないため、

二日間行くことにした。




手がかりは一つ。


被害者は襲われる前に

何かがあってしゃがみこむ。


地面には、頭の上に

小さな丸い影が写っていた。


緋心に襲われたのは

お団子ヘアの子だ。



他の二人は家が同じ方向なのか、


一緒に帰っていたので

襲われる心配はない。





夢の中で肝心な髪型を見逃したので


当日の明るいうちに四人を見つけ、

お団子ヘアの子を一人にさせないように

するしかない。



あとはどう緋心達とは別に帰らせるかだ。




蒼馬は当日まで悶々としていた。








***







祭り一日目の土曜日。



桐原と香取と神社前で待ち合わせし、

補導時間の22時まで過ごした。


狛犬前を見張っていたが、

最後まで緋心達は来なかった。




夢で見たのは二日目の明日、日曜日だ。




幸いにも、桐原と香取は飽きずに

明日も一緒に祭りを回ってくれる。




絶対に正夢にさせない。



そう思いながら眠りについた。






当日、念の為護身用に催涙スプレーと

ボイスレコーダー、ビデオカメラを持って

家を出た。



昨日と同じ神社前で桐原・香取と合流し、

屋台を見て回っていると、約30分後に

狛犬前で緋心達を見つけた。




ヘアスタイルは緋心はボブ、

黒田は三つ編み、梶白はポニーテール。


そして紺野がお団子だった。





偶然にも紺野と蒼馬の母親は

中学校の同級生。


母さんが紺野の母親に会いたがっていて、

車で送るついでに家に寄りたいとでも

言えば自然に送って行けるだろう。





蒼馬はすぐに母親へ連絡した。



母さんから紺野の母親、そして

紺野に連絡が行き、蒼馬を見つけた

紺野が声をかけてきた。



21時半に神社前で待ち合わせを

することになり、再び別れた。



遠目で見ていた緋心は

耳に髪をかけたあと、

蒼馬に小さく手を振った。



蒼馬は平然を装いながら

手を上げて返した。



インナーの色は夏休み前に確認したまま

変わらず、茶色に退色している。





これで未来を変えられた。


安心してお腹がすき、

焼きそばやチョコバナナを平らげた。





そして、約束の21時半。


紺野と落ち合い、母が待つ車へ乗り

送り届けた。





帰宅後、緊張から解放された蒼馬は

風呂にも入らず、ソファで

気絶するように眠ってしまった。





***







祭りから二日後の昼下がり。


蒼馬の部屋を二回ノックした後、

母が入ってきた。



母「蒼馬。クラスの女の子が日曜日、

祭りに行ったまま帰って来ないんだって。」





思いもよらない内容に

蒼馬は頭が真っ白になった。




蒼馬「紺野は送り届けたはず…なんで…」





母「千紘ちゃんな訳ないじゃない。一緒に

家まで送って行ったんだから。えっとね…

梶白さん、梶白百合って書いてある。」






そんなはずがない。


梶白の髪型はポニーテールだった。


夢に出た被害者のしゃがみこむ影には

確かに頭上に丸い物があった。



ポニーテールでは影には映らないはず。




どうして…なんで…



何か見落としていたかと夢の記憶を

必死に、頭の中でコマ送りにして遡る。




何度考えてもわからず、

蒼馬は庭に出て影が映る場所を探し、


下駄の鼻緒で足の指が痛くなった事を

想定してしゃがみこんでみる。






すると…



頭の上に丸い影が映った。




蒼馬は地面に手を付け、跪き、

絶望した。




靴紐が解けていて結ぶためにしゃがめば

自然と片足が前に出る。




つまり、あの影はお団子ではなく、

梶白の下駄の半分が映りこんだものだ。




目に見えるものだけで考えた自分を

何度も何度も責め、泣いた。




初めから全員の家を調べておけば

最後に緋心と二人になるのは

梶白だと、わかっていたはずだ。




自分のせいで梶白は…。




白石に続いて二人目の被害者に……




そう思っている最中、ある事に気付く。




白石




梶白





二人とも、名字に「白」がついている。






緋心は、赤が好きだ。


赤に染めるなら、白が一番綺麗に染まる。



あいつ…わざと「白」が付く名前の人を

狙ったんじゃないか……?



被害者を真っ白なキャンバスに

見立てているのだとしたら…




次の被害者がわかるかもしれない。





蒼馬は走って部屋に戻り、

入学式の写真を見つめ、メモをする。



一人一人、顔と名前を一致させて

書き込んだ。







学年の人数は80名。


2クラスあるため、隣のクラスの

飯田に入学式の写真を送ってもらい、


隣のクラスも全員確認した。





幸い、白石と梶白の他に

「白」が付く人物はいなかった。



ただ梶白の件があった以上

油断は出来ない。




蒼馬はじっとしていられず、


夢で見た梶白が襲われた道に

原付バイクで足を運んだ。




あの場所へ到着し、


端にバイクを立て、



夢の記憶を照らし合わせながら


緋心と梶白が歩いた道を

ゆっくりと進む。





蒼馬「ここで梶白がしゃがんだ…」


そう呟きながら同じようにしゃがむと

後ろからザザっと、砂利を踏む音がした。




振り向いて上を見上げると


そこには緋心がいて、

蒼馬を鋭い目つきで見下ろしていた。




蒼馬は恐怖のあまり、

声をあげることが出来なかった。



身を守るため、肩から下げたカバンへ

手を入れ、後退りする。





緋心はあの時と同じ、低い声で




緋心「お前、本当に何者だ?その体勢…

なんであの日の事を知ってるんだよ。」





蒼馬「ま…また夢で見たんだよ。この場所で

祭りの帰り、お前がしゃがみ込んだ誰かに

刃物を振り下ろす姿を。白石も梶白も…

お前なんだろ?殺したのは。」




蒼馬がそう言い放つと、一瞬だけ

強い風が吹き、緋心の髪が揺れた。



茶色だったはずのその色は、


真っ赤に染め上げられていた。





蒼馬「そのインナーカラー…白石の時も

そうだった。誰かが行方不明になる度に

真っ赤に染め直されている。その色は

白石と梶白の血で染めたんだろ!


それに…二人とも名字に『白』が

付いている。それも狙った理由か?」







緋心「その予知夢を見る能力、欲しい。

あんたの血を受ければ、私もその力を

手に入れられるかしら。


あー殺したい!!殺したい殺したい

殺したい殺したい殺したい殺したい


パパ、止めないでよ。

こいつは生かしておく訳にはいかない。」



緋心は低い声の時は蒼馬をお前、

いつもの甘い声の時はあんたと呼ぶ。



まるで別人格のようだ。



左腕の腕時計を押さえつけながら

『パパ』と会話をしている。







緋心「はぁ…はぁ……うん…わかった。

パパがそんなに止めるなら我慢する。

愛してるわ。ずっとそばに居てね。」




さっきまで荒かった呼吸が段々と

落ち着き、『パパ』の説得によって

緋心は殺意を抑えた。




あの腕時計と緋心の父親が何か

関係しているのか?




それに、その父親に


自分で殺しておきながら

愛してるだなんて……



緋心と父親の関係性は

普通じゃなかった事が伺える。





緋心「…名字の事まで気付くなんて、

あんた頭が切れるわね。憎たらしい。

これ以上首を突っ込まないで。

次邪魔したら…今度こそ殺すから。」



そう言うと、にこっと笑い

蒼馬へ背を向けた。




少し歩いてから立ち止まり、

振り返って




「でも…惜しいわ。私のキャンバスは、

そこじゃないの。」




と、言い残し、去って行った。







惜しい……何に対してだろう。





緋心の捨て台詞が


たった今真横で言われたかのように、

何日経ってもずっと耳に残っている。







そして、夏休みが終わり、


始業式の日。



緋心の姿はなかった。



全校集会では改めて梶白が

行方不明になった事が周知された。



白石も未だに行方知れずのまま。






全校集会が終わり、


教室に戻るため前を歩く黒田と紺野は

元気がなく、落ち込んでる様子だった。





全員が席に着くと、担任から

驚きの事実を聞かされる。






担任「えー内赤さんですが、ご家庭の

都合により、退学する事になりました。

急に引っ越す事になって挨拶が出来ず、

皆に申し訳ないと言ってました。」




なんと、

緋心が高校を自主退学していたのだ。




男女問わず人気があり、

皆の憧れだった彼女の突然の退学に


クラス中が悲しんだ。





俺の天使が…!と叫ぶ男子や


ショックで泣き出す女子もいたりと、

周囲が騒がしい中で



蒼馬だけは時が止まったかのように、

ただ茫然と黒板を見つめている。





今も耳に残る、

緋心が最後に言い捨てた


「惜しい」の意味を聞けないまま、





緋心は蒼馬の前から姿を消した。

















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