第3話 坂本の場合 中編

「それではハンドリースデバイスについてご説明させていただきます。まずはリースバンドを二の腕まで通してください。服の上からで結構です」


 坂本は指示の通りに、家庭用血圧測定器のような、端末に有線で繋がれたバンドを腕に通す。


「ではリースモードを選択していただいて……はい、結構です。次にタイマーを設定していきます。試しに10分間に設定してみましょう」


 端末を操作して、タイマーを設定すると、ハンドリースを開始しますか? という確認画面と音声アナウンスが流れた。


「タッチパネルのOKボタンを押していただくと、リース待機状態になります。3分経過しますとリースが開始されます。リース中は、バンドを装着した腕の使用が出来なくなるので可能な限り安静に過ごせる状態を準備してください。大抵、皆様就寝時にリースモードをご利用されるそうです。では実際にリースを体験してみましょう」


 OKボタンを押せば、戸倉の説明をなぞるように安静を促す音声アナウンスがされ、表示もカウントが減っていった。

 やがて、リースを開始しますとアナウンスが流れるのと同時に坂本は腕から力が抜けぐにゃぐにゃとなるのを感じた。


「なんというか、うっかり腕を下にして寝た後みたいだね」

「たしかにそうですね。現在、坂本様の腕はリース待機中になっています。こちらをご覧ください」


 戸倉は、試用でも使った、例の機械的なリングを取り出すと付属の端末を操作した。すると、リングが浮き上がりにょっきりと見覚えのある腕が現れた。


「たった今、坂本様の幽体手アストラルハンドを呼び出しました」

「おぉ……本当に私の手だ。すごく不思議だな」


 自分の腕から先だけが、自分の目の前にある。

 奇妙な感覚だった。


「利用者がいない時は、音声認識で解除可能です。また災害などの利用中でも緊急時は自動で解除されます。その場合、即座に弊サービスで待機中の代替者に引き継がれるので、例えば荷運び中に損害があるといったことはありません」

「なるほどなぁ」


 一通りの説明を受け、リースモードを解除すると、じわじわと腕の感覚が戻ってくる。

 何度か手を閉じ開きしてみても違和感はなかった。



「坂本様は体験利用をされていらっしゃいましたね」

「ああ」

「体験ではマニュアルモード……つまりは利用者の意思通りに動かすのみでしたが、正式利用ではもう1つオートモードという機能が使用できます」

「どう違うのだね?」


「マニュアルモードはあくまで、3本目の手としての利用になりますが、オートモードでは簡単な指示を出せば、リース元の方が作業を肩代わりしてくれるような挙動になります」

「ふむ」

「分かりやすく説明しますと、例えば坂本様が絵描きさんの腕を呼び出した場合、マニュアルでは坂本様の絵柄。オートモードでは絵描きさんの絵柄で、なおかつ坂本様の描きたいものが描かれるということです」

「へえ! そりゃ凄い!」

「実際に著名な毛筆家さんが指導に取り入れられていたりもするそうですよ」


 オートモードでも腕の感触は利用者にある。

 それにより、一流の筆使いや力加減を体感できるという理屈だ。

 

 技術者や医者などが遠隔で腕を奮る本来のテレイグジスタン的利用や、星付きシェフや神絵師の腕を借りられると、顔出し名出しでの高額リース契約もあるそうだ。


「単純な労働は勿論。こうした手の持ち主の個性が顕著になるのがロボットアームとは違うところになります」 

「なるほど。に職がつくというわけだな」

「はい。坂本様も何かございませんか?」

「ん、む、そうだな。手慰みだが、ペン習字の2級に合格していてね。そういうのでもいいのかい?」

「はい。むしろ字が綺麗というのは、人気な個性の1つです。特記事項として明記しておきますか?」

「じゃあお願いするよ」


 正式に登録を終えた坂本は早速、妻に軽く変な目を向けられながらその日の就寝時からリースをしてみることにした。


 目覚めてすぐ確認した利用履歴には簡潔な“軽作業 02:17”という履歴が残っていた。

 全く実感は無かったが、確かに誰かが自分の手を便利使いしたらしく。2時間少しの作業で、ハンドセンターへの手数料が引かれてはいたが、2000円程の報酬が支払われていた。










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