第9話 ハーケンは打ち込まれた

 ※第三者視点

 

 人類存続評議会(CHP)と緊急人類未来保障会議それぞれの役割分担は大枠でCHPが「何をすべきかという大方針の決定」を議論し、緊急人類未来保障会議は「どうやって実現するか(実務計画と技術的な課題)」を議論することになっていた。


 CHPにはオブザーバーとして国連安保理常任理事国が参加することが決定済みだ。アメリカ、中国、ロシアなど資金、資源、影響力などの協力を得るためでもある。


 主な議題は「転移者への接触」「異世界情報の分析」「社会パニック対策」「特異事象の解明」となった。


 まずこの異常事態を引き起こしている存在を「ディーモン(Daemon)」と呼称するようにした。悪魔のようなディレクターということだ。単にThe Dと呼ばれたりもする。


 この会議の「特異事象の解明」で特筆すべき報告が日本から一つあった。それはライブ中継の意味だ。なぜ転移者の様子を配信しているのか? その答えと論証を麻生田は携えてきた。


「端的に言えば存在を確定させるためであります」


 麻生田は自分でも理解しきれているか疑問な原稿を読み上げる。

 難解すぎた元原稿を小田野銀鏡とわかりやすくまとめ直し随伴の専門家たちにチェックさせ、さらに演説用に仕立て上げたものだ。


「量子力学ではすべての存在は確率的な波であり観測することで確率波は収束して存在が確定するといいます。

 仮説ではありますがもし我々すべての人類が視聴をやめれば転移者たちは異世界に存在することができなくなり消えてしまうと推測されます。

 逆にいえば我々が見ているおかげで彼らは異世界に居続けられるのです」


 麻生田は評議会を見渡し反応が上々なのに気をよくした。


「時間帯、日付別に視聴率の統計をとり解析した結果、もっとも視聴者の多い時間帯において我が日本国の物部守のアポーツの周期、重量、数量ともに上がっていると有意の結果が得られました」


 アポーツのレベルアップを加味しての結論である。

 それが観測問題と直結しているとは言い切れないが傍証なりえるだろう。

 少なくともディーモンが宇宙テレビの番組作りをしているという説よりましだった。


「インドのウパニシャッド哲学でいうところの梵我一如、ブラフマンとアートマンの一体性が一億人の人類と転移者との関係に似ているともいえるでしょう」


 評議会でもっとも人数の多いインドを意識しての改稿であった。


「また量子力学的解釈とはなりますが転移者の生命と人類の生殖能力とは何らかの量子もつれエンタングルメント状態にあると考えられ不可分な結びつきができています。

 これを日本の言葉でエンといい、このエンが切れることで我々はこの世界に存在できなくなると考えられます。それが子孫を残せないという真の意味です」


 縁と起、因と縁はインドでも受け入れられやすい思想であり、そもそも仏教が生まれたのはここインドなのだから当然でもあった。


「転移者の持つエクストラが視聴行為でレベルアップするということは、これもまた良いカルマを積みその結果、自分たちの未来にも良い影響を与えるといえます」


 インド人をはじめ仏教になじみ深い参加者たちも大いに頷いていた。


「最終的に輪廻の苦しみから解放される解脱こそがこの特異事象のゴールであればハッピーエンドなのですがそれは楽観的に過ぎるでしょう」


 麻生田はそこで言葉を切り胸を張った。


「我々の前にはヒマラヤ山脈よりも高い未知の絶壁がそそり立っております。いささか観念的な主張ではありましたが人類はアタックを開始したのです!

 最初のハーケンは打ち込まれました!

 降りることはできません。あとは力を合わせ頂上を目指して登るのみ!」


 こぶしを力強く振り上げた麻生田に拍手が降り注ぐ。拍手に応えながら壇上から下りる麻生田にシロミは駆け寄り国際的大舞台でこそ輝くこのダンデイな政治家に惜しみない賛辞をおくった。


「ブラボー、かっこよかったです!」

「当たり前のこと言うなよ」


 そしてインドや各国からも麻生田の存在確定説、エンタングルメント説を補強するような報告がいくつかあった。


 保留事項はあったもののCHPの基本方針が決定されたことで緊急人類未来保障会議(Emergency Conference on Human Future Security)ECFSが動きだした。

 保留事項は主に倫理関係と領土問題だった。人であることを捨てれば繁殖は可能かもしれないという遺伝子の大胆なや組み換えや他生物との交配は反発も大きかった。

 すでに人工授精や妊娠可能なグループとの授精は失敗していた。

 当面CHP主導での研究はなされず各国の自由に任せることになった。


 ECFSの仕事はまず異世界情報の統合だ。得られる全情報を集約、分析しディーモンの意図と何らかの法則を解明すること。

 次に社会パニックの鎮静化および医療、社会システムの維持計画を策定する。特に駆け込み妊娠からの医療崩壊や強制妊娠、子供の誘拐、売買といった治安秩序崩壊は避けねばならなかった。

 またそれらに伴う複数の国や専門分野にまたがるリソースと行動の調整を行う。ありていに言えば子供が産まれなくなった国の医療資源を有効に活用し、代わりに老人ばかりとなる将来の面倒を見るということだ。


 そして棚上げされたもう一つの問題である。まだ領土問題は発生していないが時間の問題といえた。

 何しろごっそりと人口が減るのだ。誰がどれだけその利を得るのか水面下ではもう駆け引きが始まっていた。


 他にも各国の人口動態の変化と経済的影響のシミュレーションモデル構築、治安維持部隊の緊急展開計画作成、受精卵の大量冷凍保存などこなすべき業務は多岐にわたる。遅滞は許されなかった。



 ECFSではシロミが日本代表として活躍し精力的に動き回った。

 シロミは疲れも見せず本場のカリーで元気溌剌はつらつである。

 メーカーやチェーン店の画一化された商品と違って驚くほど個性的な味と香りばかりで、特にお気に入りはマトンと豆のカリーだ。

 日本の素材の味を生かす料理とは対極にあるスパイス命のカリーは複雑で飽きがこなかった。


「おっといけない忘れるところだった」


 シロミはテレビをつけた。日本人ならどこでどんな画面を見ようともデフォルトで物部守の姿を見ることができる。

 もちろんチャンネルを変えれば現地の番組になるのだがスイッチを押せばまず物部守の異世界での様子が映し出される。


 すでに日本では昼夜問わずローテーションを組んで物部守の異世界旅をライブで視聴するよう各自治体や企業、団体に通達が出ている。

 街頭、電車内、公共施設であるなしを問わずいたる所にディスプレイ類を設置しはじめていた。

 また物部守の状況によっては緊急速報が流れたりアラート的に自動で電源が入るシステムも検討され、スマホではすでにいくつもそのようなアプリが普及していた。


 そしてこの時刻は日本時間において応援プログラムであらかじめシロミが視聴すると取り決めてあった時間帯だ。


 画面の中の物部守はビニールに入ったエロい本をアポーツしたところだった。

 嬉しそうに何冊も抱える顔は助平ジジイのそれだ。


「おえんが、ちゃーけるな! 張り回すぞ!」


 こっちの苦労も知らずにこのクソジジイは何をやっているのか。

 インドの中心で岡山弁を叫んだシロミ。




 

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