第8話 政府専用機
※第三者視点
「特異事象対策本部(仮称)」は「人類存続対策本部」と名を変えた。
国際機関の名称「人類存続評議会 Council for Human Preservation(CHP)」と「緊急人類未来保障会議Emergency Conference on Human Future Security(ECFS)」に準じた形だ。
「CHP」は「緊急人類未来保障会議」の上部組織で日本もこれに名を連ねている。なぜなら「CHP」への参加条件はただ一つ、異世界で転移者が生存していること、だからだ。
すでに無事な転移者の数は32人、半数にも満たなくなっていた。それは50億の人類が子孫を残せず未来を失ったということでもある。
日本の場合、物部守にほぼ全国民が乗っかっているから単純だが、他所では各国相乗りの評議会入りで揉めに揉めていたりする。
麻生田本部長と小田野銀鏡本部長補佐はインド、ニューデリーで開かれる保証会議と評議会に参加するため空路を政府専用機で向かっていた。
本来であれば皇族や総理大臣クラスしか利用できない政府専用機であるが広義での邦人保護を目的としているとして許可された。
ニューデリーが開催地に選ばれた理由は奇跡の赤ん坊シルヴァがインド出身らしかったことと、世界1位の人口14億人余りを誇り生き残った転移者もシルヴァを含め10人を数えて最多だからだ。
人口比における生産年齢人口(15歳~64歳)の割合が68%と多かったことが有利にはたらいたと考えられる。
おかげでインドの治安は安定している。
麻生田とシロミは物部守のライブ中継ダイジェストを観ていた。事務方担当職員の解説付きだ。
「おそらく録画ではなく生中継もしくはそう思えるように配信されています。その根拠は日の出、日の入りの時刻が日本とほぼ一致していてそれは他の転移者も同様です」
「少なくとも時間経過は異世界とシンクロしているということか。あちらの緯度と経度がどうなっているか知らんが」
画面の中の物部守はヘルメットや護身用のスプレーなどを主にアポーツしていた。
「よく利用していた定食屋の丼や皿にメッセージをプリントしたり張り付けたりしたのですがいまだそれらをアポーツして飲食してはいないのでメッセージが届くかどうかは不明です」
「ちなみにどんなメッセージにしたの?」
「こちらです」
『常に生存を最優先せよ。 あなたの死は、この世界だけでなく、日本や世界に破滅的な結果をもたらす。この事実だけは絶対に忘れるな。
あなたは常に観察されている。 異世界への転移は、元の世界へライブ中継されている』
印刷されたメッセージを読んでシロミは眉をひそめた。なんというプレッシャー。特に後半はいただけない。常に観察されることは苦痛に違いなかった。
「もう少し表現を穏やかにして慰労と応援を。あとメッセージの頭に物部守様と入れて、送り主はそうね……人類存続対策本部じゃ訳が分からないでしょうから」
シロミは麻生田本部長の顔色をうかがった。
麻生田は鷹揚にうなずく。
「麻生田本部長とわたしの連名でよろしく」
あとはうまくメッセージが届くことを祈るばかりだ。こちらからできることは今のところほんの少ししかないのだ。
そして問題のシーンがやってきた。
『日常生活に不都合がない……ふふ、日常生活に不都合がないんだよ……ふははは、こんなデタラメな世界がありえるとすれば、それは……夢の中』
麻生田とシロミは二人揃って頭を抱えた。
「あいたー、この野郎め道理で余裕かましているはずだぜ」
「まさか自分が夢の中にいるなんてバカげたこと考えているとは思いもしなかったわ」
麻生田はもちろん鬼娘とダーリンを主人公にした大ヒット漫画を知っていた。そして映画が夢をテーマにしていたことも。
シロミの怒りはもっともだが都合のいい異世界という事実は動かない。過酷ではあるが。
それらをふまえて麻生田は私見を述べる。
「夢の中かはともかく
そしてカットベアの襲撃シーンとなる。
カットベアが茂みに潜んでいるのをカメラ視点では確認できる。明らかにディレクターは気がついていて決定的瞬間をとらえようとしていた。
まるで野生動物のドキュメンタリーを撮影しているかのように不干渉で淡々とあるがままを映し出す。
カットベアは跳躍して物部守の背後から致命的な一撃を加えた。
物部守はガックリと膝をついてしまったが、毛布からぶち撒けられた荷物に驚いてカットベアが飛びのいたのが幸いした。
スプレーを遅滞なく噴射してひるんだところを鬼族に助けられた。
「おうおうヘルメットが割れてやがる。ケガもなくよく無事だったもんだ」
「これで調子に乗ったりせず現実だと受け入れて自重してくれればいいんですが」
「しかし歳の割にゃ機敏に動ける奴で良かった。格闘経験はどうだったか?」
随伴している職員がタブレットを操作して読み上げる。
「高校の体育で剣道と柔道の授業を受けていますね」
「日本の教育制度に感謝だ」
「中学では計算尺部、高校では部活動なし」
「かかか、計算尺だと? こりゃまた懐かしい名前を聞いた」
「計算尺ってなんですか?」
シロミは初めて聞く単語だった。
「電卓がなかった時代の計算器だよ。
(いや、知らんのかい!)
シロミは思わず心の中で突っ込んでしまった。
「最近はヨガ教室に通っていたようで自宅にもヨガマットがあったそうです。
自宅および残されていた自動車内にも病院で処方された薬はなく常備薬も期限切れだったとのこと」
「健康でなによりだ」
麻生田は自分が65才だった頃を思い出してみた。外務大臣を歴任していたあたりだ。
若い頃の健康貯蓄が底をつき姿勢が崩れはじめ関節や胃腸も弱ってきたと記憶している。
物部守も老いを感じはじめてのヨガ教室なのだろう。
近代医療のない過酷な異世界で外部環境のみならず自らの肉体の老化とも戦わなければならないのは厳しいことだろうと
そしてカットベアの解体へと進み器用なところを見せつけられる。異世界のモンスター相手に迷いなくナイフを振るっていた。
「包丁人としては鮮魚店に始まり和食、洋食など調理全般から病院食にいたるまで経験。
その他に居酒屋のオーナー店長、パソコン教室、塾経営、託児施設、文筆業、マッサージ師、用心棒というのもあります」
「用心棒?」
「なんでも暴力団とトラブルになった友人をしばらくボディガードしていたとか」
「ということはやっぱり肝の座った男なのか?」
麻生田は首をひねった。
器用貧乏ともいえるが何者かになろうとしてなれず終いだった男という感想をもった。
一方シロミは「ジョブホッパー」という今時の言葉を知っていた。メリットもデメリットもあるが海外では日本ほどマイナスなイメージは持たれていない。目的意識さえあればキャリアアップできるという認識だ。
それよりも新しい環境への順応力が高く今回の異世界転移にもそれが活かされているように思えた。
最後に物部守の背中になぜか日本国があるシーンをアップにしてダイジェストは終わっていた。
「これほどわかりやすい仕込みをするとはたいした監督じゃねえな」
麻生田は謎のディレクターを皮肉った。
「でも今の人は一から十まで説明しないと理解できないそうですよ」
「それに合わせてくれたってか、やれやれだ。早くもっと手がかりが欲しいもんだ。賢いと評判のインド人がなにか掴んでくれないもんかね」
「期待しましょう」
シロミは本場のインドカリーに期待して舌なめずりしていた。
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