欠損人形と欠落した僕 3
街を象徴する教会の鐘が鳴った。
時刻は二十時。復讐の時間を知らせる鐘だった。
一度、屋敷に戻ることも考えたが適当に時間を潰して過ごしていればあっという間だった。
朱い薔薇商会のアイリーンが何者かは知らない。だが、朱い薔薇商会の人間は許せない。
彼から全てを奪った組織。数十年越しの復讐。
よもや、この街に根付いていたとは知り由もなかった。
密入国者がどういった用件で朱い薔薇商会との繋がりを持っていたのかは不明だ。
大方、裏で密輸入と密入国の手引きでもしていたのだろう。
呆れた組織だと蔑みながら、自身の手も闇に堕ちている事を自覚しレオルは苦笑の笑みを浮かべた。
クロミア大通り二の三十五番地。
この住所にある建物は大きな円形劇場だった。交差路の一角。その外観は朱い薔薇商会の匂いを感じさせない。優雅な衣類を纏った富裕層の観劇者らがレオルとユーリの兄弟に冷ややかな視線を向けてはコソコソと陰口を叩いている。
彼らの戯言には聞く耳を持たず兄弟は劇場の入口へと足を踏み入れた。
「すいません。チケットをお持ちでない方は入ることは出来ません」
しかし、当然のように入り口で止められてしまう。
「なら、アイリーンとやらを呼んでもらおう。何やら、アイリーンなる人物が密入国の斡旋しているようだが」
レオルが声をあげた瞬間、周囲が嫌らしい視線と嘲笑う声を浴びせた。
「落ちた貴族が出まかせを言っている」
「アイリーン様がそんな事をする筈がない」
あらゆる罵声がレオルの背中へ叩きつけられる。
「あぁ、この街は既に朱い薔薇商会に掌握されているのか」
今更になってその事実にレオルは気づかされた。
「うるさい!黙れ、この裏切り者どもが!誰のおかげでこの街は発展してきたと思っている!」
一喝する。レオルの声に誰もが一瞬、言葉を失った。
思わず安堵した瞬間、一斉に笑い声が起きた。
見下すように、見下ろすように、あざ笑うように。
周囲の人間は虚しい兄弟を誹謗する。
ぐつぐつと煮えわたるような怒りの感情にレオルは弟を握る手に力を込めた。
「なんです。騒々しい」
空気を割るような鮮明な声が一帯に響いた。真っ白なドレスだった。長い金色の美しい髪を靡かせ凛とした佇まいは高貴ささえ感じさせた。
「アイリーン様、アイリーン様」
周囲が歓喜の声、称賛の声、称える声、甘美な声が彼女に向けられた。
レオルはただ一人彼女を睨みつける。
「通しなさい。スタンクソン家、最後の血筋よ。ついてくるがよい」
アイリーンの凍てつくような眼光に背筋に冷ややかな汗が伝う。レオルはまた弟の手を強く握り彼女の背中を追った。
※
アイリーンの後を追う。館内は煌びやかな装飾と光に満ちておりレオルは目を擦る。
朱い薔薇商会の富と権力、そして影響力を見せつけられたような気分が癪だった。
通された部屋は広かった。まるで舞台のような空間。レオルは弟と固く手を繋いだままアイリーンと相対した。
「今更、何をしにきた?大人しく帰るなら。見逃してやろう」
最もな問いだと思った。十数年前の復讐、と言えば耳障りはいいかもしれない。
だが、この数十年機会はなかった。
本当にそうだろうか?
レオルは自問する。
本当に復讐を果たしたいと誓っていたか?
街の人間に笑われようとも、弟とエマリーが居る。
決して褒められるべき事ではないにしろ小遣い稼ぎもできている。
だが、この様な事になったのも全てこいつらのせいだ。
降って湧いてきたチャンスがあるなら、生かさない術はない。
弟の手を強く握る。
目の前の女を殺すと強く誓う。
「朱い薔薇商会は許されない事をした。僕の家族を殺した。僕の全てを奪った。だから、復讐する」
「蛙が今更何を鳴く。怠惰に生きていればよいものを」
鼻で笑うような仕草。ますますレオルは怒りに湧いてくる。
「うるさい、黙れ。人殺しめ」
弟に魔力を渡す。もはや、与えるではない。喰わせるように。
レオルを抱えてユーリが跳躍した。
アイリーンとの距離は三メートル程。それを一瞬の跳躍でゼロにした。
浮遊感の中、レオルの脳裏にかつての記憶が蘇る。
そして、強く願い、強く祈り、強く握った。
「殺せ、ユーリ」
その嘆きに呼応するようにユーリの拳がアイリーンに迫る。
「あぁ、哀れだ。井戸から出なかったお前たちに未来を見る事は出来ない」
「何の話だ!」
振り下ろした左拳は空をきる。気づけば背後に居たアイリーン目掛けてユーリは左腕を回して振り返る。
「時代は変わったんだよ、坊や。今や魔法は不要さ。選ばれた人間が手を引く時代は
終わった。今は人々が手を取り自らが選択し、自らの手で時代を作り上げていくものだよ」
「言っている意味がわからないな」
「あぁ、思えば君も可哀そうだな。言ったろ?魔法なんてもう必要ないんだ。人は蒸気も電気もある。誰もが共有し扱えるものなんだ。誰かしか必要ない時代はもう終わったんだ」
「お前の言っている意味が分からないな」
レオルは言った。そんな時代の話は知った事ではない。
彼が抱くのは個人の怨嗟だ。魔法の存在自体は問う問答など不要だ。
「そうか」
哀れみの吐息と視線が混じっていた。アイリーンが腕を掲げて指を鳴らす。
すると、ブザーが鳴り響いた。幕があがる。
観衆がいた。何百、何千の人々が舞台上のレオルとユーリ、そしてアイリーンへと視線を注いでいた。
「何のつもりだ?」
「余興だよ。一つの時代の終わりを告げる。大人しくしていればよかったのに。あぁ、報われないな」
「何がだ!何が言いたいんだ」
「別に。さぁ、観衆よ。今や世界は知らぬものではない。鉄道は陸があるなら何処までもいける。海が在ろうとも船があれば何処へでも行ける。魔法は終わりを告げ、科学と産業が世界を創る。いまや、我々は創造者だ。魔法などという限られたものが権力を握る世界はとうに終わりを迎えている。なのに、ここにいる坊やは未だ過去に囚われたままだ。なら、我らが解放してやろう。悲惨な彼の過去と未来を」
アイリーンの演説に歓声があがる、同時にレオルとユーリに浴びせられる怒号の数々。
「なぜ、だ。アイリーン。この悪魔、魔女め。街のみんなを操り、スタンクソン家の誇りを地に落とした化け物め」
「言いたいことはそれだけか、坊や?」
「―――は?」
冷たい目だった。その視線だけで心が砕かれそうな。
「……大人しくしておけばよかったものを。あの時、見逃してやったのに」
「な、なにを」
何を言っているんだこの女は。
アイリーンの言っている意味がレオルにはわからなかった。
「ならば、時代の為に死ね。貴族らしく、世の中の礎となれ」
「な、なにをさっきから言っているんだ。おい、待て」
背を向けたアイリーンにレオルは右手を伸ばした。
でも、それは届かない。決して、届かない。
「―――え」
知覚した時に痛みは無かった。
いや、既にそれは穿たれていた。
一発の銃弾が彼の脳天を貫いている。
自ら爛れる血と共にレオルは床に伏していた。
※
思考はまだ出来た。
まだ僕は生きているんだ。
そう思う。
死ぬ間際も多分繋いでいると思う。
だから、熱も感じる。
温もりと温かさを感じられる。
意思はない、意識もない。
ただ、僕の手には兄の温もりが残っていた。
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