欠損人形と欠落した僕 2

 朱い薔薇商会。

 レオルとユーリ、ひいてはスタンクソン家にとって仇敵ともいえる存在。

 彼らは魔法を後世に残す。という目的を掲げて、魔法使いを生け捕り解剖、殺しては研究している組織。

 レオルの知識では朱い薔薇商会がそう言った組織であるという事しか分かっていないが、それだけで十分だった。


 十四年前の事故。

 正確にはスタンクソン家、唯一の生き残りとなったレオルにとって忌まわしき事件。

 今でも彼の脳裏を掠める記憶は鮮明だ。

 当時、屋敷には八歳だったレオルと弟のユーリ。父と母、そして給仕係エマリー。

 その日は、母の誕生日だった。

 日中はひっきりなしに母を祝う来訪者がプレゼントを持って訪れていた。それだけで、スタンクソン家が如何に街の住民から慕われていたかが伺える。

 陽も堕ち来客も落ち着いた所で、屋敷では家族で誕生日を祝う催しが行われていた。

 エマリーが家族の揃うテーブルへ食事を運ぶ。


「わぁ、とても美味しそう」


 レオルが運ばれた肉料理に歓喜の声をあげる。

 直後に屋敷の扉を叩くノックが鳴った。また母を祝う客人が来たのだろうか、早く料理を食べたかったレオルは嫌な顔を隠さなかった。


「どれ、ほとんどの人は来てくれたと思ったが」


 父と母が席を立ち、扉へと向かった。レオルとユーリは椅子に座ったまま彼らの背中を眺めている。扉が開いた音がした。


「こんにちは。スタンクソンさん。私、朱い薔薇商会のものです」


 レオルの位置からはその声の主の姿は見えない。女の声。誰だろう?そんな疑問が彼の頭を過った。

 ユーリは父と母の元へ歩き始めた。はやく、客人を追い返して食事を食べたかったのだろう。

 だが、大人たちは違った。

 父は怒鳴り声をあげた。母は青ざめた表情で振り返り、歩み寄っていたユーリを抱きかかえた。

 エマリーはレオルを抱き上げていた。


「なに、どうした?」


 驚きの声をあげるレオル。次に彼の感覚を啄むのは先ほどの女の声。


「魔法を使えるにも関わらず、研鑽を怠る貴方を生かしておいても仕方ありません」


 魔法?とレオルは疑問に思う事すら許されなかった。エマリーに抱えられて厨房の下にある地下部屋へと運ばれていく。


「どうして?」


 その言葉は何に対しての言葉だったのだろうか?

 彼が最後に見た景色。

 首から上が飛んだ父の姿。

 ユーリを抱いたまま消し飛んだ母の上半身。

 右手以外が消失した弟。

 叫びたい、恐怖したから?悲しいから?

 大人二人が入れる程の広さの地下室で、レオルは藻掻いた。


 彼の口にエマリーが自身の手を噛ませた。レオルの声が潰された。苦しくて、エマリーの腕に噛みつくと彼女は苦悶の表情を浮かべる。それでも、レオルは噛み続けた声を、怒りも悲しみも漏らさないために。口の中に広がるエマリーから奪った血の味。


「これだけか?」


 先ほどの女とは違う声がする。男の声だった。


「まだ、子供が居たはずだけど。いいわ、子供一人残っていても何もできやしない」


 足音が遠ざかる。

 それでも、レオルはエマリーの手を噛み続けた。


 ※


「あぁ、復讐の機会がきたようだね」


 レオルは手紙を握りしめ、弟の顔を見上げた。

 魔力の対価は人によって異なる。彼の場合は成長が止まった。

 事件後、レオルは父の書斎に籠った。魔法について記述がある本は過分にあった。


 それら全てを独学で会得するのに半年も掛からなかった。呆れた執念だと自身でも感じていた。

 残った弟の右腕から彼を模した人形を作るのに一年掛かった。

 自身の魔力を弟に落とし込む事でしか、成し得なかった秘術。

 人形でありながら成長する弟と人間で在りながら成長が止まった兄の歪な兄弟関係は今日まで続いている。


「思わぬ収穫だ」


 だが、アーセ地区にわざわざ来たのはこの為ではない。

 明日はレオルにとって特別な日だ。

 給仕係であるエマリーの誕生日だ。彼女も齢六十を超える。レオルは隠居させてやりたいが彼女自身がそれを拒んでいた。


 アーセ地区の奥へと二人は進んでいく。目的地は所謂、闇商店。窃盗品や密輸品がここでは安値で売りさばかれている。売られている窃盗品にはレオル自身が手を染めた物も陳列されていた。父の残した金はあまり残っていない。だが、忌み嫌われるレオルを雇う人間はこの街にいない。自ずと金銭を調達する手段は限られていた。


「やぁ、ブロックマンさん。調子はどうかな?」


 闇商店の店内。その奥で椅子に座ってパイプを吸っている男に声を掛けた。彼はこの店の店主だ。こんな貧困がいるくせにやけに恰幅がいい男だとレオルは常々思っている。

 きっと、貧乏人を騙して小銭稼ぎをしているに違いないと邪推してしまう。


「あぁ、没落貴族。今日は何の用だ?」

「ははは。気持ちのいい挨拶ありがとう。先月、頼んだものを取りに来ただけだよ」


 ブロックマンの裏表のない堂々とした物言いは、レオルにとっては心地よい。

 父が居なくなった途端、スタンクソン家を見放した街の住人とは大違いだ。


「あるよ。けど、誰に渡すんだ?こんな首飾りなんて」

「まぁ、僕にとってとてもいい人さ。愛しているといってもいいね。この緑の宝石は

エメラルドかい?綺麗だ」


 レオルは中央に装飾があしらわれている首飾りを受け取ると無造作にジャケットの内ポケットにしまい込んだ。


「いいのかい?なんか入れ物でも用意しようか?」

「いや、いいよ。入れ物代まで請求するだろ?」

「当たり前だ。慈善事業じゃないんだから」

「なら、不要だ。いい買い物をしたよ。ありがとう、ブロックマンさん。これは、お代だ」


 レオルは金貨の入った子袋をブロックマンに手渡した。


「少し多いと思うが」


 受け取った子袋から金貨を取り出し、一枚ずつ並べてブロックマンは呟いた。


「僕からの気持ちだよ。ところで、クロミア大通り二の三十五番地。ってなにがあるか知っているかい?」

「……さぁね、あんな所に何の様があるんだ?」

「ブロックマンさんには関係ない事さ。それじゃ」


 レオルは弟と手を繋ぎ嬉しそうな表情を浮かべ闇商店を後にした。

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