最終話 新世界とヤス子

「良いのかな……こんなことして」


 幼いヤス子が母の大切にしている花瓶を割った。そしてタカ子はその陶片を石で粉々になるまで砕き、庭に埋めた。


「良いのよ。誰にも分からない。誰も知らない。証拠もない」

「でも、お母様、泣いちゃうよ」

「良いのよ、泣かせておけば。どうせまた買うわよ」


 ヤス子はじっと考えている。タカ子は煮え切らないヤス子に苛立つ。


「どうしたかったの? ヤス子は!?」


 消えそうな声でヤス子は口にする。ヤス子の視線は土の中の陶片へ注がれた。


「謝りたい、お母様に」

「それはただの自己満足よ。もう戻らないんだから、考えても無駄よ」

「そうなのかな……」


 幼い二人を今の二人が見つめている。ヤス子とタカ子。体の年齢、魂の年齢、それぞれに応じた姿を取っている。二人とも、10才程度の容姿だ。宇宙空間のような暗くて、でも白くて、何もない場所に立っていた。


「覚えてる?」

「ええ、覚えてるわ」 


 一番最初の始まり。ヤス子とタカ子は姉妹だった。タカ子がヤス子に子どもの頃の失敗の後始末について問う。


「結局、どうしたかったのよ、貴女」

「謝る……いえ、きっと、かけらを戻したかった。戻して、割れる前の状態にしたかったの。きっと」

「割れる前……時間を巻き戻すということ?」

「ん……ちょっと違うかな。割れても、いいのよ。戻せたらいいの。経験は大切。戻らないなんてルールは、勝手に決めたことかなって」


 ヤス子の爆弾は『ヤス子だけを記憶を保って転生させる』

 ビッグバンは『タカ子と白爆だけを残して歴史を作り替える』


「私たちの爆弾を合わせたら……どうなるかな?」

「わからないわ……でも、みんなを救うには、二人じゃ足りない気がする」


 数千年の間に出会った者たち。その者たちの気持ちや想いまでも救うなんて、途方もない。それはヤス子の願いではない。しかし、ヤス子はそれを叶えたい。それを願ったのは、誰だったか。


【みんなが幸せになる世界を】


(私たちだけじゃできそうもない。これが私の限界なのか。私たちの終着点なのか)


 わたし……意識が……

 終わるのね……もう


 悪かったわね、ビッグバン。

 さようなら、クロウ。


「「叶えられなくて、ごめんね」」


 ……終わらない世界にヤス子とタカ子の目が開く。取り合う手がいつの間にか6つになっている。握手が3つ。そのうちの2つの手がとても大きい。


「え?」

「あれ?」

「ギラ?」 


 鋭い瞳。人間離れした顔立ち。ずんぐりむっくりのかわいいフォルム。目の前にギラがいる。ヤス子は本当に驚いた顔をした。自分の理解を超えた存在。数千年間で得た知識など、軽く吹き飛ばしてくる。本当に不思議な子。


「ギ……ラ……?」

「ギラはヤス子と居たいんだってよ」 


 ヤス子が声に振り向くと、ジョニーがいた。彼女が最初に出会った姿で。


「ジョニー! どうして? な、なんで? 貴方……体は?」

「思い出したんだよ、全部。本当に全部。千年以上も一緒にいたんだなぁ、俺たち」


 ジョニーがわかってくれた。一緒になってくれた。ヤス子は涙が堪えきれない。ギラの想いがヤス子の爆弾や陶片と融合して、ジョニーを連れてきてくれたのだ。


「さっきの話だけどよ」と、ジョニーは提案する。

「効果を大きくすればいいんじゃねぇか? ヤス子の爆弾の効果を全員に」

 タカ子は瞳を閉じる。ヤス子のことが羨ましい。そして意外な人物の声を聞く。

「ビッグバンの効果をタカ子様と私も含めた全員に」

「白……爆……」 


 タカ子も涙を浮かべる。1人ではなかった。タカ子は白爆の手を初めて握った。その手は決して機械のような冷たいものではなかった。タカ子は少しだけ後悔する。早く握ればよかったと。


覚悟できたか?

ええ。

大丈夫ですか?

はい。

ギラァ!


そして、世界が輝く白に包まれた。


「愛してるぜ、ヤス子」

「私もよ、ジョニー」


……


 青い空、白い雲、そして色褪せたアパートには、仲睦まじい2人の男女が住んでいた。


「いや、だから、誤解なんだって、ヤス子!」

「あらそう。一生言ってれば? 色男」


 その日、20歳になったヤス子はジョニーとデートの予定だった。外国で暮らす姉のタカ子もテンマと共に帰国する日。そんなハレの日に、予定を開けて欲しいと頼んでいたにも関わらず、ジョニーはツムギたちに会いにいくという。ディナーには間に合うらしいけれど。


「ヤス子、これには深い事情があって……」

「なによ、事情って? どうせまたツムギたちと断れない約束でもしちゃったんでしょ?」

「うぐ……」


 ジョニーの言葉が詰まる。ベンチャーを企業したばかりで、社員のために四方八方を飛び回っているのは分かる。誰かが捨て置けない状況なのか。優しいのはジョニーの良いところだけど。


「はぁ……絶対にディナーには間に合ってよ? タカ子はテンマと来るのよ? 分かるでしょ」

「ありがとう、ヤス子! 約束する! 愛してるぜ!」


 ジョニーは投げキッスをよこしながら駆けていった。ヤス子が鬱陶しそうにそれを払う。すると、隣の部屋の扉が開いた。


「ヤス子、どした?」

「シンレイ、聞いてよー! ジョニーったら酷いのよ!」

「おお、よしよし。お姉さんが聞いてあげようね」


 シンレイの部屋に上がると、テレビでニュースをやっていた。画面には黒煙が上がったビルが見える。ニュースでは街で爆弾騒ぎが起きていることを放送していた。


「わー、物騒だね。行かなくて正解かなぁ。あれ? でも、この場所……」

「あ、これって……すぐそこ」


 その時、二人のアパートの近くで大きな爆炎が上がる。ヤス子とシンレイは爆発の衝撃で全てを思い出す。

 

 タカ子が今度目指したのは、暴力と恐怖のない平和な世界。ヤス子が狙ったのは全員が以前の記憶を持ち「あんな世界は嫌だ」と前を向ける世界。ただし条件として、爆発を見るまでは全員が過去を忘れている世界。

 

 ビッグバンもクロウも役目を終えて彼らの世界へ帰った。もうやり直しはできない。上手く繕った世界でも少しの綻びから、新しい敵がやってくる。いや、完璧過ぎて目立ったか?


 記憶が戻ったシンレイの傍らにはインとヨウが、ヤス子の傍らにはクロウがどこからともなく現れる。クロウにはチェルシーに貰ったレコーダーがセットされていた。あの日の記録は確かに持ち主に返せるようだ。告白のときのジョニーの笑顔を思い出したヤス子は、少しだけ恥ずかしい。


「……そう、まだフィナーレじゃないのね。クロウ、久しぶりね」

「ピ」


 シンレイは窓を開け、インとヨウと共に先に飛び出して行った。


「ヤス子! この世界! どうなってるか!? シャドさん、どこよ?」


 ヤス子もクロウに乗って飛び立った。ヤス子の瞳が次の敵を捉える。


「行くわよ、シンレイ! まずはアイツよ。その後は、お互い、パートナーを見つけに行きましょう!」

「ちゃ、ちゃんと説明してよ! もう! 八つ当たりね!」


 ヤス子とシンレイはもう一度だけボマーとなる。後のないこの世界を今度こそ守るために。


ビューティフルボマー・ヤス子 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビューティフルボマー・ヤス子 蛙野紅葉 @momijinokaeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ