第11話 あの子とヤス子
ヤス子がバルコニーからカーテンがたなびく皇帝の部屋へ入る。荘厳な装飾が暗い中でも分かる。部屋の中央に天蓋と大きなベッド。そして数多の機械群。すると、御簾の向こうから懐かしい声。あの子の声だ。
「ヤス子……来たのね? はぁ、強情な人。大切な人間と永遠の時を生きればいいのに。きっと幸せよ」
「タカ子……久しぶり。幸せか。そうかもしれない。いえ、そうだと思う」
ヤス子はこの数千年の時を思う。確かに楽しくて、苦しくて、幸せと思えたときもあった。様々な人と会った。どの人たちも想いを持っていた。確かな幸せを探していた。そのために何をしたらいいか迷っていた。時が長いと足をパタつかせる子ども。時間が足りないと嘆く老人。ずっと続けば、それは幸せなのかもしれない。
「なら」
ヤス子は記憶の中の人たちの想いを代表するように、震える声で心を搾り出す。心が搾られ涙があふれる。
「でも、気に入らないのさ。気に入らないと、本当の幸せじゃない」
死ぬ時、自らの人生を気に入れるかどうか。結局人間はそうなのだと思う。単純なのだ。少なくともヤス子は何百回という死の中、気に入った死は一つもなかった。何回繰り返したか。贅沢にもなる。違う軸で、この目の前の子と時を踊りながら。ヤス子は他人の一度きりの死を見ながら、死を選べていた今までを感謝していた。
御簾を開ける。皇帝は生命維持装置に繋がれたおばあさんだった。映像ではホログラムで若いまま。声もすでに脳波での会話だった。悠久の時を渡り、世界線を渡ってきた彼女。タカ子は爆発の度に心が若返り、ヤス子は心はそのままで産まれ直す。若い心はいつまでも想いを実現するまで、世界を作り直していった。
少女は理想の世界を夢見ていた。ありのままの自分として振る舞いたかった。彼女、タカ子は家庭の愛を知らなかった。ある王家に生まれ、みんなが彼女を利用して欲望を叶えた。
血筋、立場、資産まで、徒党を組んでみんな好きに作り替えている。みんな好きに包み隠している。そしていつも誰かが泣いている。それを見ないフリをする。理を示す慣用句が、さも真実であるように振る舞う。弱肉強食? 適者生存?
【ズルい】
それなら、私だって変えてやる。貼り付いた笑顔のお前たちを全て。
都合の悪いことを隠すために人を殺し、物を壊し、証拠を無くす。爆弾、爆弾、爆弾……それが憎い。彼女も全てを爆弾で無くした。あんな家族でも、妹は私を心配してくれていた。その妹も、財産も、家も、全部。あの爆弾で、もしかしたら私も死んでいたのかもしれない。
全てを失う爆発の後、私は爆弾のいる草原へ飛ばされた。コロコロと転がる無垢な爆弾たち。誰にも利用されない、自由な意思を持つ爆弾たち。そこで私は、ビッグバンと出会った。
私たちはどうして死ななければいけなかったのか。幸せを取り戻そうと思うことがそんなに悪いことか。取りこぼしなく、誰もが幸せになるために動くのがそんなに不自然か。敵も味方もなく、本当に全員が、全員が幸せになる。そんな夢を見て何が悪い! タカ子は涙ながらにビッグバンに問う。
意識が光り、目覚めの時。ビッグバンは私の世界についてきてくれた。優しい爆弾を私は利用したんだ。
「そこからは貴女の知っているとおりよ」
何回やってもうまくいかない。人の心は離れていくばかり。不平不満ばかり。あまつさえ牙を剥かれる始末。疑心暗鬼。恐怖、暴力。目指すところはそうじゃない。けど、それでやっていくと決めた。それを軸として世界を渡ってきた。いつかみんなが幸せになると信じて。
でもタカ子は気付いてしまった。決定的だったのは、ヤス子がタカ子が救えなかった魂を救っているのを見たときだった。ヤス子に微笑み、消えてゆく魂たち。それを涙を流して見送るヤス子。人は1人ではダメなのだ。
「千年前くらいから、貴女が私のところまで辿り着いたら、もうやめようと思っていたの。白爆にも無理をさせた。もう……さすがに疲れたわ」
疲れた……それがタカ子が諦めた理由。記憶を持ったまま、心が戻る。記憶とは残酷だ。記憶がある限り、心が若くても、瞬間的に年を取ってしまうものなのかもしれない。若返ったのか、それとも年老いたのか。
ヤス子は血の滴る左腕を気にせずにタカ子のベッドに入る。シーツが血で染まってゆく。そしてタカ子の隣で丸くなった。外見はまるで祖母と孫のように。そして心の若さは真逆の2人。ヤス子は爆弾を抱える。タカ子のビッグバンは枕元にある。
「私も同じだ。一緒に死んでやる。タカ子、お前は覚悟ができていないだけだ。何度死んだか。何度甦ったか」
「死ぬって……どんな感じなの?」
「寂しいさ。とてもな」
タカ子は迫る死に意外にも微笑んだ。「なぁんだ」と、心配を呆れて吹き飛ばしてしまう少女のように。
「寂しいだけ? 痛いのかと思ったわ……そっか、それなら怖くないわ」
もう、何千年も一人だったもの……
……
宵闇の中、
「死……か」
人工知能である自分が何千年も主人に仕えられた。なんて名誉なことだろう。白爆は騎士のように女王の凱旋を待っていた。
しかし、宵闇の向こうから何かが近づいてくる。現れたのは高速で飛行するジョニーだった。
「白爆! おまえ! 何やってんだよ!」
「! ジョニー?」
まさかこの期に及んで邪魔をする気か。白爆はジョニーが許せなかった。二人の選んだ道を一時の迷いで穢されるわけにはいかない。白爆は武器もない状態だがジョニーへ向けて敵意をむき出しにする。
「邪魔ならさせん! ヤス子もタカ子様も! 終わらせる覚悟を決められたのだ! 今更何をするというのか!」
「そうじゃねえ! 俺たちが行かないでどうする!」
ジョニーの姿がどんどんと若返ってゆく。ありえない。それを目の当たりにした白爆は、人間というものの本質を見たように思えた。
「僕たち、だと? ジョニー、お前、もう……」
「俺はヤス子、お前はタカ子! 大切な人だ! 死んでからも護ってやんねぇと!」
白爆は思わず呟いていた。人間とは……人間とは……
「人間とは……『想い』なのか……?」
「人間だけじゃねえ! お前もだ白爆! 俺たちがアイツらを支えるんだ! アイツらが俺たちを支えてくれるんだ!」
(人間ではない、僕も……?)
白爆はジョニーの言葉に惹かれた。そして期待してしまった。この男の想いはなんだ? 何がわかったというのだ。まさかタカ子を、白爆が救えるというのか。
「終わらねぇ、終わらせねぇ! この想いは、この気持ちは! 思い出したんだ! 人間か、機械かなんて! 程度の低いこと言ってんじゃねぇ!」
白爆はジョニーが眩しい。ジョニーの光が一層大きくなり、白爆はその想いの強さに圧倒される。
「手ぇ、伸ばせ! 白爆ー!!」
白爆は、彼の意思は、テンマの姿となりジョニーの手をーー掴んだ。
共に光となり、ヤス子、タカ子の元へ行く。そしてクロウが、ビッグバンが、ギラの爆弾が、爆発した。
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